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2012-12-10 (Mon)


人は誰だって。ねぎと遭遇せずに生きてはいけないのでしょう。

オリーブオイルはできれば、エクストラバージンとか高価なものがよいでしょう。鍋、と言ってもミルクパンより小さい口径のものがあればいいですね。

昔は、基本的に、ねぎは購入しなければ家庭内には入ってきませんでした。近所や親戚から貰う場合もありますが、意思によって水際で防ぐことができたわけですね。

にんにくを皮ごと、薄切りにします。みじん切りにしてはいけません。そして決して炒めるのではありません。鍋にオリーブオイルを全て、入れて、小さな泡が出てくる程度に熱したらば、にんにくの唐揚げを作るつもりで油の中にいれます。

もちろん、昔は好き嫌いを言う子供は死ね!という風潮でしたから。一般的に、ねぎが入るメニューどころか、不要なものにまで、ねぎは混入されていたのです。

にんにくは油の中でチリチリと揚がっていきますが、茶色くなるまで放っておいてはいけません。苦味が出ますからね。薄く色づいたあたりで網ですくってしまいます。
あとは冷ませば、ガーリックオイルのできあがりです。冷蔵庫なら二週間くらいは保存できますのね。

ねぎを拒否したい人々は。自分が経済的に自立するまで待つしかありませんでした。それまでに唯一できる事と言えば、摂取することを拒否して、酷い非難を甘んじて受ける事だけだったのです。

次に、やはり同じ様な大きさの鍋にオリーブオイルを入れて。加熱している間に唐辛子を用意します。唐辛子は種を取ってから、横に二つに切ります。細かすぎると溶けるので粗く切るのがこつなんです。

自分の家庭を持てば、自分の意思で、ねぎの家庭内侵入を防ぐことは可能だと思えます。しかし、独身のバーイはいいのですが。妻もねぎ反対の思想を持つ女性を見つけなければならず。その後も子が生まれたならば。家庭外で密かに、ねぎを齧ったりしないように教育をしなければいけないのですね。

たっぷりのオリーブオイルに唐辛子を入れると、あっという間に揚がってしまいます。これは、にんにくと違ってすぐに苦味は出ませんので。茶色くなったころに網で唐辛子を取り出します。これを冷ませば唐辛子オイルのできあがりです。唐辛子の殺菌作用があるので3週間くらいは大丈夫ですが、香りが飛びますから早めに消費したほうがいいでしょうね。

しかし家庭内から、ねぎを廃止することはできても、いったん外に出て食事をしようとする場合は、容赦なく、ねぎの被害に会ってしまうわけですよね?
外食の提供先に「ねぎ反対」と意思表示しても、場合によっては軋轢を産む事だってあります

パスタのゆでかたは一般のように、たっぷりのお湯と塩。その間にガーリックオイルと唐辛子オイルを1:1の割合でフライパンに載せて熱します。煙はでない程度に。
茹で上がったパスタをよく湯切りしてフライパンに投入します。
ここで大事なのは炒めたり焼いたりしてはいけないということです。熱々のパスタに熱々のオイルが纏えばよしとして、皿に盛ります。

実際のところ、ねぎが炒飯に入っている場合は、激怒するほどでもないかもしれません。しかしぶつ切りのねぎの油炒めといった場合には一市民として抗議せざるを得ません。
一部では油気のない鉄板で、ねぎを、こんがり焼くのがよいと言っており。試した時は、おもわずイケソウとも思いましたが。やはり毒物であることにはかわりがありませんでした。

ちなみに、ベーコンとか野菜とか具は一切不要です。できあがったパスタに。やや値ははりますが、生バジルとイタリアンパセリを載せると味の調和がいいいようです。でも辛いですけどね。

今、ねぎを廃止すると日本経済が立ち行かないと誰もがいっています。一部には、こうして作った唐辛子オイルで料理すれば、ねぎ、の被害はすくなく継続していけると言われてもいますが。

うううん。

なんか文章が混じってしまいましたねえ。

秀樹びっくり!

秀樹ぢゃないけど。はは。
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2012-10-18 (Thu)


そのバスは駅の東口から出ると書かれていました。

けれども、東口はもう待機しているバスなどなく、何人かのキャリーカートを引いて歩くビジネスマンだけです。

この人達も、きっと長距離バスに乗るのだろうと、後をついていったらば、全員がビジネスホテルに入っていってしまいました。

ぼくはあとざうぃっつえんどになって、反対側を眺めたのですが。ぼんやりと灯りが灯っている場所があるのです。

JRバス待合室

ガラスの引き戸を開けると、十人ほどが座ったままぼくを見上げます。

いやだなあ

なんだか、誰もが、数時間後にバス事故で死ぬような顔をしていたからです。

「んだば、Aの4だない」

運転手らしき帽子をかぶった人が、もう一人の制服を着た職員とリストを探してからぼくにゆいます。

あえて4列ではなくて3列シートのバスにしました。4列だと他人との距離があまりにも近すぎるからですね。

切符を見て、Aだとはわかっていましたから。きっと、どちらにしろ窓側の席だろうなとは思っていました。真ん中からABCと割り振る例は多くはありませんからね。

前から四番目、進行方向に向かって左の席です。理想的と言えるのではないでしょうか。

右となりの席は、一般のバスでは通路の真ん中になるわけです。

高校生の隣の席と同じくらいの距離です。

ロングヘアーの女性が、すこしだけ迷ってから。ぼくに会釈をしてその席に。

「ご旅行ですか?」

「え?」

だって話しかけられるとは思ってもみなかったのです。

「は、はい、ご旅行なんですう」

「あたし、ナツミっていいます」

「ぼ、ぼくって、らこですう!」

「らこさん、本がお好きなんですか?」

彼女の視線は、ぼくがバッグから取り出して膝に乗せていた文庫本に注がれていました。

「ええ、まあブンガクは大事ですからね、ははは」

「んまっ!ブンガクってイサカコータロー読んでるんですの?卑劣ですう!」


と、ゆーことがないように。藤沢周平の本にしていました。

「あら?藤沢周平読んでる殿方って素敵ですわあ」

「はは、まあ武士ですから」

「あら?らこさん!ずいぶんお酒臭いぢゃあ、ありませんか!」

と。ゆーことがないように。しょうちゃんの店では、ほとんど酒は飲まなかったのです。

しかし、まあ、実際は。バスに乗ったのは4人だけなので。隣には誰もこなかったのですけれどね。


バスの両側の窓はすべてカーテンが閉められており、外は見えません。照明は薄暗い蛍光灯だけです。

「んでは、出発ばしますう」と言って運転手は。

運転席と客席の間にカーテンを引いてしまったのです。

つまり、ぼくたち客数人は、四方をカーテンで囲まれた座席に座っているということです。

なんだかなあと思いました。だって運転席を隠す理由とはなんなのでしょうか。

ぼくの経験では、姿を隠しながら行うことは、よくないことが多いのです。

「んでは、消灯しますう」

は?

暗闇。

いそいで読書灯なるものをつけました。

状況を説明しますと。押入れに入って戸を閉めて。ライターを灯したって感じでしょうか。

藤沢周平も、イサワコータローも読むには難しい環境でした。

こんな時のためにと思ってきた500ミリリットルのお茶のペットボトルがありました。

それを座席の網棚に納めると。網棚のゴムひもの色が、やけに懐かしい気がしたのです。

藍色でもなく紺色でもなく。ぐんじょういろ。網目の部分は橙色。

どちらも液を飲んだことがありました。

どういうことかといえば。ぼくがまだ絵の具も入手できないころに、折り紙をする目的にで各色が揃った色紙が売られていました。

ぼくは折ったりはできませんから、一枚、一枚、アルマイトのたらいに水を入れて、その中で手でもみほぐすのです。

紙と同じとはいきませんでしたが。赤い紙では赤い水ができ、緑の紙では緑の水ができ、ぐんじょういろは、紙の色がほぼ落ちて、非常に濃い藍色の液体ができるわけです。

そうやってできた、赤、橙色、青、ぐんじょう、緑、ピンクの液体は。子供のぼくとしては、科学的に調べることなんてできませんから。
いつだって、それぞれを軽く口に含むだけだったのです。それは苦かったり、辛かったりしたものです。

そんな中で、黒、白はあまり興味があるませんでしたが。必ずやってみる実験。

色紙に必ず一対入っている金と銀の色紙を水につけることでした。けれど、いつだってしれは普通の色紙とは違って、色落ちすることもなく。金であり、銀である用紙を小さく縮れさせるだけでした。
けれども、紙に色をくっつけている以上、金の水も銀の水もできるような気がしていたのです。


読書灯のあかりに見えているペットボトルの瓶にはトリスウイスキーが入っています。

水割りとか、お茶割りとかではなく、ストレートのウイスキーなので、さすがのぼくも。やや咽るでしょう。

バスの車内で職初頭をつけているのは自分だけです。

暗闇の中で。男が。なにか最後の選択とパフォーマンスを見せます!というシチュエーションです。

ぼくは、このペットボトルのやや茶色い液体は。金のみずではなかったことを知っていますし。

時には己をやっかいな状況に陥らせることもじゅうじゅう悟っていました。

だから封をあけずに、ぼんやりと呑めなかった水のことを考えたのです。

銀の水は。以外にも極寒の地ではなく。岩手の奥の渓流でみつけました。岩と岩の間を、ぐるぐると大変早く渦巻きながら光っていたのです。

しかし、ぼくは、そこにたどり着けるのが困難な軽装でしたし、川に流されてしまうのも嫌だったのです。

いつか、より上位の。金の水を飲めばいいのだろうと甘く見ていたのかもしれません。

金の水よう、金の水よう。

今となってはそれは、数人の人々が特別なな場所でなにかをした際に、出会えるものかもしれません。

もう日本にくすぶっていては、見る事もできないのかもしれません。

ぼくは本を読むことも。偽者の金の水を飲むことを諦めて。座席に深く座り、すこしだけカーテンをめくて外の様子を見ました。

やや、陽が昇りかかかってはいましたけれど。朝焼けもなく。つまらないどんよりとした曇りで。


まあ、取りあえずは、やや涼しそうな空気の中で。胸いっぱいの煙が欲しいものだ。



ええ。

それだけの、お話なんですの。ごめんなさいね。へへ。

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