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2012-12-14 (Fri)


ガムを噛んだら奥歯の銀冠が取れてしまったの。

奥すぎて、アロンαではねばせないし。でも即日治療もできず。

実家に居座ることとなったのです。

車だったのでコートを忘れちゃって。箪笥の奥を探したらば。

福島で買ったコートがでてきました。1000円だったと思うのです。

チノパンをはいて、そのコートを着ると。

なんだか昔のアイビーの人のようだなっと思ったのです。

クリーニング済み状態だったのですが。何故か歯医者さんに向かう途中。

懐かしい清涼飲料水の香りがしました。

思い出してみれば。この歯を治療したのは。

20歳前の。今は地下鉄駅になっているモダンな歯医者さんでした。

当時は、初診の際に。

A:痛くてもよいから早く治す

B:痛いのはいやなので、時間がかかってもよい。

のいずれかを選ぶわけですが。当然、僕はBにしてたのです。

けれども、ある時に、急にAに変更して、奥歯は完治させなければいけなくなったのです。

当時、僕はあるバイトをしていましたが。その仕事配置ってのを同級生がやっていましたので。

「オレ、もう犬のヌイグルミに入らない仕事にしてくんない?」と言ったのです。

「じゃあ、ちょうどいい仕事があるよ!旅行して一日5000円もらえんのよ!」

「え?なにそれ?まだ誰にも言ってないならオレにやらしてえ!」

「うん、実はもう先方に連絡してあっから、明日、会社に行ってね」

北海道五泊六日の旅!添乗員!

ラッキーだと思いました。

何故か出発前日まで、その会社のヒトとは会えずに。

僕は予定変更して詰めてもらった銀歯を奥に秘めて。

駅前の雑居ビルの5階にある、思いがけないほど貧相な旅行会社事務所へと出向いたのです。



「あ、オレはね、蘿蔔っていうだけどね。んとね、明日はスーツ着てくるようにね。それから、これをわたしておくね。まあね、添乗するとね。ジュース飲みたいときとか、タバコ買いたいとか、ちょっとパン食べたいとかあるよね?そゆときいちいちお金渡してられないからね。もちろん三食はついてるけどね。いろいろだからね。なので一日1500円として、6日分の12000円入ってるからねこれね。領収書かいてね」

オールバックをてらてらと光らせた30代の男性が僕に言うのです。

僕は、どうしてこの人は「ね」ばっかり言うのだろうと、思うと同時に、絶望的に嫌な人としばらくは一緒にいなければいけないのだね、と覚悟をしました。

翌朝。僕は成人式とまったく同じ格好で。駅に立っていました。財布には600円しか入っていません。

12000円を持った僕は、昨日。そのままパチンコ屋に入ってしまい。
歩いて帰りました。バス賃もなかったからです。

いくらなんでも一銭もないというのはまずいと思って。

猫の貯金箱のゴム底をあけた見たら。50円玉も含めてようやく600円が手に入ったのです。
姉の貯金箱でしたけど。

青森まで特急で行って。そこで旅行をする団体さんとおちあってフェリーで北海道に渡るという日程表を、指定席の通路側に座ってもらいました。

「じゃあ、まあ、コーヒーでも飲んで三度一致でもたべるかね?ただし支払いは別々だね。だって昨日お金渡してるからね」

「いえ、僕はいいです」

だってお金がないのです。

「ふうん。つまんないやつだね。学生ってみんなそうなのかね」

蘿蔔が食堂車に行った後。僕はただタバコを吸って青森に着くのを待っていました。最悪の結果ではあるけれど。パチンコ屋が閉まるときには。セブンスター7個になるだけの玉は残っていたからです。

二台のバスごと室蘭行きのフェリーに乗ったのは日が暮れてからでした。

僕は、やや緊張して船に乗っていました。だって。

青森に着いた段階で。蘿蔔が思い出したように言ったからです。

「今回はバイトじゃないからね。社員だからね」

「は?」

「だからあ、添乗員がバイトだっていうとマズイからね。社員だってことにしてね。それから北海道も何度も来てるってことにすんのね」


フェリーってのは。ベッドのついた船室がいっぱいあって、お客さんがそれぞれ、そういった部屋で寝るのかと思っていました。

もろ避難所みたいな毛布かぶって目刺しのように並んで寝なければいけないのです。

蘿蔔は。

「オレたちはこっちだね」

女性専用船室

え?いいの?

中は一般船室と比べると人は少なく、だからといって女性は一人もいなく。
ベテラントラック運転手風の人や、添乗員風の人が酒を飲んでいます。

「ああ、どうもどうもですね。今回はありがとうございますう」

蘿蔔は、座ってビールを呑んでいた二人の初老の男と握手を交わしたあとで。

「うちの社員で、らこって言います」と僕を紹介するわけです。

「社員のらこと申しますう!」とは言いましたが。

なんで二人とも自衛隊の制服着てるのか?とか疑問におもうわけです。

だって旅行の団体さんは、70代であろう田舎の爺さん婆さん風ですから。

だけど、僕は社員と言っている以上、自分から詳しくは聞けないのです。

一緒に飲んでいるうちに。

北方領土の話になりまして。

ちょうど当時の首相が納沙布岬で視察したこともあるのでしょうか。

「まっだくよ、ロスケのやづらはよ、攻めできだら、バーンと戦争したるのにお」

「んだんだ」

「ロスケってなんですか?」

自衛隊の、山形さんと、片山さんは。本当に顔だけ見ると田舎のおじさんなのだけれど。

かなりむっとした顔で僕に言ったのです。

「ソ連にきまってっぺ!」

なんだかわからずに頭を下げる僕にたいして。

「いや、まんず、わがい人は、ぺっこ、しらねがもしれながったなあ」と山形さん。

「んだな、わるがった。いい旅行にすんのに、協力すっぺや、らこちゃん」

いろいろ話を聞いているうちに、なんとなくはわかってきました。

北海道の観光地も行くのですが。

千歳と納沙布岬が優先的にスケジュールされていたので。

千歳駐屯地に勤務している自衛隊員の親、家族が。見学、激励、などをするために自衛隊が主催した旅行なんではないかと。
けれども、自衛隊が招待したのかどうかはわかりません。ある爺さんは。
「んま、北海道は初めてだけんど、けっこう安いもんだな」と。
旅費を払っている発言をしていたからです。

バスがドライブインについたとき。僕も含めて、ほとんどの人が船酔いが残ったままだったでしょう。

午前八時。

ドライブインで全員を座らせるには、けっこう席順でもめましたが。私服に着替えた山形さんと片山さんが、すべてを仕切ってくれました。

「ええよ、ええよ、らこちゃん若いんだけ、できることだけやらい」

感謝して席につくと、朝食が運ばれてきます。

「なんだべ!」という声があちこちからあがって。

目の前をみて、ああ、と思ったのです。

ジンギスカンはないよなあ、と。

「こういう注文なんすか?」と蘿蔔に訊くと。

「いや、おまかせだったんけどね」と俯きます。

それでも、平気な人はいるもので。ビールの注文などが相次ぎ。

「ままま、添乗員さん、一杯どうぞ」とかいうお客さんも多くいて。

「いや、んじゃあウチの若いのがいただきます」とか。

蘿蔔が勝手に言うので。僕はどんどん飲まされており。

早朝から、ほんのり酔うと。

あのバスガイドはいやだなあとか。憂鬱になったのです。

北海道に到着すると。運転手が変わって。観光だからバスガイドもつくのですね。

やっぱりバスガイドってなんか期待するじゃあないですか。

高校卒業してバスガイドになって一年がたちました。つらいこともあったけど。今は輝いていますう!的な。

推定52歳くらいの。とても厚化粧のガイドさんでした。

それだけならいいのですが。

挨拶したときに。

「アンタさあ、そのスーツ、チンピラみたいよ」

当たっているだけに悔しかったのです。

ああ、お話は。今日はここまでです。

いつか続きを書けるといいのですが。

尚、これは単なる旅行記なので。政治的な意味合いはないのん。

でも、意思にかかわらず。いつのまにかそういう場所に立ち入っていることは多いですよね。ね。








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