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2011-05-31 (Tue)


ま、きのうの話は、今でもだけど。

注射をする時には、針が刺さる瞬間を見ていなければいけいない、という意識があるのですね。

学校の注射のころから。「目をつぶっていれば終わる」という皆の話は信じられず。

やっぱり自分で見て覚悟をするべきだろうと。

ゲゲゲの鬼太郎が流行っており。

妖怪のプラモデルがどんどん発売されました。

でも、有名な妖怪のは高くて。つまりは著作権があったからですね。

マイナーメーカーは。昔から伝わるけれど、水木しげるが描かなかった妖怪のプラモを安価で発売しました。

狂骨という妖怪のプラモを買って。それは、棺の中に入っているのだけれど。ボタンを押すと、蛍光塗料が塗られたプラスチックの骸骨がスプリングで揺れて、震えながら飛び出すってもので。

くだらねえなと思った。が。素敵なものではないから、ベッドからは見えない箪笥の上においてたの。

寝ようするというのだ。

誰がって、意識の奥のオレだ。

「あのな、もしかして。狂骨は今、飛び出して笑ってんぢゃね?」

んなわけねーよ。プラモだし。もう遅いし、眠いしよ。とオレは認めない。でも。

「いや、幽霊がいるとすればね。オモチャの骸骨が踊り出しても不思議じゃないのよねえ」

不安になってくる。オレがいま見えない場所で。狂骨は、いつのまにか飛び出してケケケケっと踊っている可能性もあるのだ。

むっくりと起きて、こわごわと確認にいった。

豆電球の淡い灯りの中で。それは棺に収まったままだったけれども。

ボタンを押して中を見なければいけないと思った。

薄い暗闇の中で。ぼんやりと光を発するプラスチックの骸骨は、思いがけないほど緩慢に飛び出して、力なく揺れたのね。

くだらねえな、と思うことにして。また布団に入ったのだけれど。

「いいのか?」というわけですよ。

誰?っかオレの一部かな。

「確かに骸骨はなにも変わりがなかったけれど。今はどうなの?あんた今目を閉じているでしょ?さっき確認してたときは大丈夫だけど。今、このときには骸骨は飛び出てケケケって笑ってんじゃないの?」

とゆーのだ。

確かに。

見てない時に何かが起こるってのは。人生の中で多くあることなので。

やはり、むっくりと起きて確認に行かねばならないのであった。

もう、オレは眠れないわけですね。実際に骸骨に異常があったことはないけれど。確認ってのは一般に以上が無いことが多い訳であって。いつか起こる事態の為に日々行われるのだす。

オレは、その狂骨を消すことにした。

梅の木のしたに埋めた。

ねづみとか。ハムスタとか。鳥とか。なんか死んだ生き物を埋めるのは。庭の奥にあった梅の木の下と決まっていた。
しかしながら、埋めたその日に後悔したのです。


「うん。埋めたけど。狂骨は怒って。立った今。土の中を掘り進んで。こっちに向かってんじゃねえの?今、確認したほうがいいじゃね?」と言うのです。

ええ。オリの一部分ですけど。

夜中に、傘をさして、懐中電灯を持って。震えながら。梅の木の下を掘って。

掘り出した狂骨は。別に骸骨が飛び出すこともなく泥まみれでオレの手にありました。

オレもバカではないので。ここで埋めなおしたらば。また毎日掘り出しにくるだろうと思ったので。

ベッドから見える場所に置いて。毎晩、何度も確認することになったのでした。

でも。それでは終わりませんでした。

注意はしていたのですが。活字はいいかな?と思って。

怖い話の本を買ってしまったのです。

「えびちゃ色の手袋」という話が。

悲鳴をあげるくらい恐くて。

もう、その本は机の一番下の引き出しにしまったのですが。

確認しなければいけないという気がするのです。

深夜の。豆電球のしたで。

二度と読みたくない、と思った。「えびちゃ色の手袋」を。

読まなければいけないような気がしたのです。

読まなければ。それは。

みない間に、もっともっと怖い話の書き換えられているのです。

そして、久々に手に取ったオリは。物凄く恐さを増した話を読んで。

しずかに死ぬのです。

そう言われました。未来の自分に。

だからオリは毎日。

暗闇の中で「えびちゃ色の手袋」を恐怖に震えながら読んでいたのです。

ははは!いい大人がそんなこと続けられないじゃない?と思うでしょう。そうです。

オレが知っている。「えびちゃ色の手袋」は。

初めて読んだときから。すでに十段階以上は。恐さを増しています。

これは、あまり恐すぎるので。内容をここで書く訳にはいきません。

実はいつのまにか紛失したというか。どこにいったかわからなくなっていまして。忘れていたのです。

地震のあとで。片付けていたらば。何故かでてきたのです。

かろうじて。本は開きませんでした。

だって数十年分。確認してないのですから。

あおの話は。きっと読み終わった瞬間に恐怖で死んでしまうほどの恐ろしさになっているでしょうからね。

捨てることにしました。震災ゴミに混ぜて。ま、よくないすけど。

袋に入れたはずなのに。車のシートにその本だけが残っていました。

駄目ですね。

逃げられない。

オレは確認しないといけないのです。

いつか。オレは。

その本の。

「えびちゃ色の手袋」という。恐ろしい話が。その後どれだけ恐ろしくなったかを。

確認するために。

恐怖で泣きながら。

ページをめくることになるのでしょう。
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2011-05-30 (Mon)


らこです。

前回、読んでくださったかた。コメをくださったかた。すんません。書いた記憶がねーです。

でも。それでも自分が書いたものなので。うん。よいと思います。あんまりよくねーけど。はは。

確認しなければ判らなくなっていたね。

例えば。

「痛くないからね!ほら!こっち向いて!すぐおはるから」

看護婦は大概笑ってこういうのだったけれど。

どうして、そういう嘘を平気で言うのだろうと思った。

注射なら針を刺すので、痛くないってのは嘘でしょ?

ああ、大人って嘘つきだよなあと思った。

「けっこう痛いから我慢しなよ!」とか。

「人類が経験するであろう最大級の痛みだよ」とか。

前もって言ってくれれば我慢のしようもあるような気がする。

「ちょっとだけ痛いけど我慢してね」というのは。

すげー痛くて悲鳴を上げるのだ。

すまんすまん。続いてしまうのね。ねるから。はは。
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2011-05-29 (Sun)


先日、実家のごみを捨てにいこうとしたら。

「だめだめ!それは普通のごみじゃないからお寺さんにもっていくの。と母がいう。

なんつか。ここねしとか、日本人形とか、民芸品の人形だおね。

「祈祷してくれて、燃やしてくれる無料のボックスがあるから。

というので、そこに持って入った。

そしたら、無料ボックスはなくて。聞くと。

「別途、ご祈祷してからお預かりしますので並んでください」と。

すげー並んでいるし。ご祈祷は3000円くらいはかかるようで。

け!と辞めて車に積んで戻って来た。

でもね。オリが小学校の頃に貰って飾ってあった博多人形とかさ。

いろいろ。オレラの家族の悲哀を冷静に眺めてきたわけで。

それなりのものが。濃く染み付いているかもしれない。

この辺羽ね。育ってきた環境かともおもうけど。

仮に自分の代々の墓石に「けっ!」ち言って唾を吐きかけ、「おめーらなんてどうでもいいだお」とお席に小便かけられかるかってことだ。

できるようでもねきない。むかしからのタブーってものが顔をだしてします。

日本人形にナイフを入れたりはまずできないよね。  

科学的に考えれば。コンビニの袋だって、人形の顔だって、物質的には変わらないわけで。

いつもなにか。どこかに、空らの人格成型をしていたのだと思う。

でもね。まんなかに居る。やや大きめの居黄色いピカチューはさあ。


どうえあえても。なに一つ凍み込んでないからね!あからまに。
あ。痙攣している、墜ちの殿立ちは、熊を投げたえおで。左ポケットから小さなトランスのようマの喉元に注射した影響は与えられるのだった・

うう。ここさいる冬眠は。んあんだかだ。同等覚悟していただけねばなんえ。


「んだばな。きょ
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2011-05-27 (Fri)


昔は、

他人に好かれるように、どこかで努力していた感じはあったのだけれど。

いつしか面倒になって。

いつのまにか。変わり者として人に嫌われるようになった。

変だお。オレは自分が思う変わり者って奴に比べれば一般常識は持っているはずなのに。

なんで。そういわれるのか。

だから。Mなんかは。

一時は同じ会社で働いていたから。

オレが、全権力を持っていた時代に。

異常な方向に導いたから会社はなくなったのだ、と言う。

自覚は無い。

でも妻も娘も。

そういう観点からみれば。あんまり普通じゃないとも思い。

今回の様な震災という並列な件に関しては。

やや人と違う面があるような気もして。

揺れる。

揺れる。

今日も揺れて。

いつまでたっても。
明るいニュースはないんだよなあ。

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2011-05-26 (Thu)


らこでし。

なんかね。本来は暑いはずなんだけど寒かったりして。異常な気象ですねえ。

まあ、そろそろ。そうめん、の季節ですかね?

オリは。出汁と生姜で食べるのが好きだけど。

前は山葵ですた。

そのもっと前は子供なので薬味はなかったけど。

なんか出汁にどっぷりとつけた、そうめんは、しょっぱくて好きではなかったの。

そんでさあ。今、考えると、子供の頃は、「そうめん」じゃなくて「冷麦」だったよね。

調べると。そうめんは細くて、冷麦はややふといって違いのようだけど。

昔はそうめんは高級だったのかなあ?

でも「そうめん」にはなくて。冷麦にはある、というモノがあった。

当たり、である。

冷麦には。中に一本か二本。

ピンク色や緑色の麺が入っていることがあって。

ピンクなら一袋。緑ならニ袋の新しい冷麦がもらえるというのだ。

なんどか、そういった色つきの麺を発見してよろこんだけれど。

父はさっさとえそれを食べてしまうのだった。

では、食べられる前に乾麺である状態で探して交換しようとも思ったのだが。

袋には。「ゆででからのものしか無効」と書かれており。

父は。「こうゆうものは、がつがつと交換に行ってはいけない」とゆったのです。

でも、オリは、ある日。緑色の冷麦が自分の器に入っていたので。

こっそりとポケットに入れて。

翌日お店に持っていったのです。

「これは。だれがそういったの?」とお店のオジサンは言うので。

「お父さん」と言ったら。

「うん、お父さんが言っていることは間違いはないけど。それは昨日までなんだよね。今日からは当たりとかはないんだよ」と言われます。

「あ、でも。これ。昨日ゆでたやつで」

「ううん。でも今日はもう駄目なんだおね」

そんなことがあって。

季節は何度も巡り。

去年ですが。

妙な安売り屋で冷麦をみつけたのですが。

大きく表示されているのです。

「金、銀、パール、プレゼント」

当たりつきの冷麦がありまして。

うんと。

パールってのは真珠色した麺が入っていれば、真珠のネックレスをもらえるのね。

で、金と銀はなにかといえば。お金が129000円貰えるのです。うん。この金額がどうしてかは不明ですが。

冷麦の中に金色とか銀色の麺が混じっており、それを集めるというのですね。

そんで129000円貰うためには。

金なら一本。銀なら五本、必要なわけです。

まあね。

「金なら一枚、銀なら五枚」てのは。弥生時代からの伝統だからね。いいかと。

そんで袋を開けるとわかるわけですよ。子供のころは。「台所に入るな」と言われた世代なので。食材がどうこうは見た事もなく。

中には「パール」とか思える麺が一本はあるのだおね。

虹色に輝いていたりして。

ゆでて食べようとすると。

もう、色は普通の白にかわっている。

パッケージを読むと。

「ゆでて10時間以上経過した色を判定します」となっており。

何度か買って。

銀は三本たまった。

でも。

「銀のエンゼルは三枚になると。当たらないか失くす」というコトワザのように。

銀の冷麦は失くしてしまった。

半年後に。

偶然だけけれど。冷麦を食べていたら。

金色に輝く麺が一本あったのです。

オレは。

その場で、金の冷麦を箸でつまんで、車に乗って、その店へ急いだのです。

だって129000円欲しいからね。

締っている木戸を何度か叩いて出てきた店主は。「金色だお!」と大声を出すオレに。

ややメンドクサそうな表情で。

「もう、それ辞めたしね。金色なんてねーから。見ろよ!」とか言うのだ。

怒りながらも自分が持っているものを見ると。

のびきった冷麦は。金色ではなくて。だらんと薄い生成りの色をしていた。

もう。

オレは冷麦を食べない。

そう決めて。

青い空に大きな雲が浮かんだ夏の日には。

そうめんを食べることししているのです。
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2011-05-25 (Wed)


らこですう。

もう。

震災は過去のことで。思い出すこともないような雰囲気だし。

終わった事って感じもあるおね。


無論、原発だって危ないのは同じだけれど。

ま、なんだか、死なないで済んだてな感じあがって。

だからそう思えばいいののだろうけど。

何度も書くように。オレは。

ちゃんとできなかった。

人は究極の自体に直面して、どう対処できるか?てことを常に考えているのだろう。

それは大昔から、変わらずに、その場面でなにができるのか?ってことを予想して、訓練して、人は人であるのだと思う。

今回は、テストじゃないけれど。それぞれがどういった対応をするのかが試されたのだろう。

駄目でした。

ええ。いずれ繊細にかkないといけないとは思うのですが。

オレって、あまりにも駄目でした。

「やればできる子」っていうでしょ?

うん、でも、それは、やればできる、のまま、できない大人になるのであり。

普通は、わからないままに死んで行くのでしょうが。

今回は。

その人の対応が問われたわけですね。

誰だって、少しは希望を持っており。

駄目な人だって。

いざというときはデキル!!と本人も家族も信じて暮らしているのかなあ、と。

けれども。実際にことが起こってみれば。

「普段駄目な人間は。いざという時は、もっと駄目」というこだったので。

オリは。

当日の深夜。

あまりに自分が駄目だったことを思って。

消えたいと願っていたなあ。

今でもそう思ったりもして。

両手を見るけど。

この手は誰もすくっていないし、

他人の役にもたっていない。

オレよりも。

生きねばならない人は多かったような気もして。

もう、運としかいいようがない。

オレが仙台の南に住んでいれば。そろそろと逃げていく最中に、津波にのまれただろうし。

車で営業をしていれば。地域的には、必ず通る場所なので。

そこにいた人は、逃げるとかは思わなかっただろうし。

だから。自分が死ねばいいのにとは思わなかった。

オレは、もういつ死んでもいいけど。ま、自分では死ねないな、と思ったけど。

揺れた数分の間。

祈った。

神か何かわからないけど。

しにたくありまん、と。繰り返し祈ったように思う。

結局はこれなのかと。

2011年て、ま、宗教的な起源だけど。

2000年いろいろあってもね。

土壇場では天にお願いするしかないって、どうなの?つかんじ。

ナノテクとか、かなり高度な化学は進んでいるようだけど。

雨が降れば、こうもり傘で濡れないようにするって。

科学のギャップが激しい。無論それは経済的な意味合いが強いのだろうけど。

本当は書きたくないのだけれど。

また、そのうち、時系列の記事も書くかもね。

でも。誰もよまないか。ははは。
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2011-05-23 (Mon)


さいきんは見ませんが。

猫やなぎって知ってますか


木にたくさんの猫の手がなるような感じで。

それは、なんとも植物とは言えないような猫猫した
肌触りなのです。

例えて言えば、桜の花の芽が猫の子供になったような感じで。

実際は、」人知れずに、普通の桜の木になってしまうのですが。

ごく、わずかだけは。子猫のままに満開になるのです。

あまり見た事がある人はいないでしょう。

小さな目を開けて。

「にあ!」とゆいます。

にあにあ!といいながら。枝に移って。

そして木の下へ降りて、世間に出てゆくのです。

その。ねこやなぎの木は。

びっしりと実った子猫を重そうに支えながら。

自らの木を保持しているのね。

ここで。

猫は木から生まれないんぢゃないの?と思う人がいるかもしれないけど。

猫の成分を分析すると99パーセントが植物なのだおね。

そうすっと結論が出てくるのよね、

「猫は、ねこやなぎが育ったものである」

最近、猫が少ないのは。

ねこやなぎがないからだね。

一本のネコヤナギを育てると。

64匹の子猫が生まれるのだ。

と。

いう。




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2011-05-21 (Sat)


CMで「デジカルビ」と言っていた。

きっとデジタルなカルビなのだろう。

興味を持ったので秘密のサイトで調べてみた。

その結果。

僕の体の9割はカルビでできており。

残りの1割はハラミで出来ていた。

道理で犬や猫に嫌われるはずだ、と納得がいった。

犬も猫もカルビが嫌いなのは知っているでしょう?

正確に言えば嫌いというよりは。恥ずかしいのだ。

彼らは。カルビを前にすると恥ずかしいので、その場から逃げてしまうのだね。

僕は。手が好きなの。

裏の肉球もいいのだけれど。

ふんわりと毛が生えているいくつかに別れた手を。

にぎ!ってすると気持ちがいいのよね。

でも、大概は左手を握った時に、え?て言うような表情をして。

両手を握ると、俯き加減に顔を背けて、バッと両手を引き抜くのだ。

猫も同じだ。

両手を握るまでは?な顔をしているけど。あんに

両手を握って数秒経つと。

「にあああ!」と言って。

脱出するのである。

妻と娘は。三割がロースだったので嫌われていないようであり。

そんなわけで僕はカルビを食べることを辞めた。

といっても震災後に食べる機会もなく、自ら出向かないと食べられないけど。

もう。人の生き死には。瞬間的には解決しているから。

動物な方達は。

なんとか生きて欲しいですね。

たんに可哀想だけではなくて。経済にも問題があるからねえ。

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2011-05-19 (Thu)
いや、明日真夏日ときあいわれてるけど。

なんか寒いねん。


そんなもんだと覆うな。うん。
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2011-05-18 (Wed)


なにもなかったのだと思おう。

門柱や、壁には亀裂が入っているけど。

それは元からあったことにする。

二階に散乱した石膏ボードは。みなかったことにして。

一階のすみでこそこそ暮らす。

暮らしは前とおなじはずだけど。


なんだか、オレも妻も。
どこかで別なモノを背負ってしまったような気もして。


昔から何度も思っていた。そして願ったこともあった。

ぼくは。しやわせに。なれますか?

けれど。

もうオリには。そう多くの時間はない。

人は。

しやわせを求めて。

それを子孫に託すのだろうか。

なんか。託すよりも。現世で享受しようって人が多いのかな。

明日から。

久々に。

絵を描くことにするう。
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2011-05-14 (Sat)


今日は、やや母親の用事で車で出かけてきたけど。

明日、妻が福岡をたって、娘が居る宇都宮で一泊するの。

なので、オリはまた泉区に戻るわけで。

実際はこのブログは本来、妻も読んでいたわけであって。直接言わないことが伝わっていたりすんの。

今回は、ややまずい感じになったので。書けなかったけど。

つか、あさって妻がパソを見ればバレルのだが。

今日中に書こうと思う。

経験はなかったけれど。

人は大きな災害に遭遇したときに。どれだけ立派でいられるのか、ってことだ。



これは次の記事で書きます。


どうも最近思うのが。

原発やら政治やらの記事が多いよね、ブログで。

利権の為に売り渡した福島の地元が悪いとか。

自衛隊に感謝していることに対して、「なし崩しに軍隊へと変わるのを認めてる」とか。


沖縄の新聞でいってたけど。「ともだち作戦」は沖縄の米軍基地問題から考慮すると云々とか。

長崎に東北で活動した原子力空母が寄港すると「帰れ」とか。

空気を読めよって感じか。いや、その前に人としてどうよ!と思うのだ。

現在の政権のこともあるのか。自衛隊の活動は事細かには報道されないけど。

見た事ないなら言う資格はないのよ。

オレがみたのはちょうど、お昼時を過ぎたころ。

自衛隊のトラックが列になって道端に停まっており。

後ろの幌の中で数人が丸くなって何かを食べていた。お握りとかではなく。レトルトのようなものを。

下を向いて無表情に食べていた。この日は、天気がよく暖かく。外でのびのびと食べられただろう。

自衛隊なら自炊能力はあるし、せめてカップラーメンくらいは食べられるはずだ。

それはきっと。誰からか写真を撮られたりして。

自衛隊だけ温かいものを食べている、とか。タバコを吸って笑っていた、とか。

言われないためのものなのだろう。

車で通り過ぎるときに。目が合って。

全員がやや暗い眼差しで。オレに一礼したのを忘れることはできない。

気仙沼市から海をてょっと行ったところに、大島て離島がある。

それなりに民宿やキャンプ場もあって。海はなんか南の島のように綺麗なのだけど。

ここは。もともと真水がないの。

オレは16歳からキャンプに行っていたけど。キャンプ場の水道は。飲めるけど塩辛い。真水じゃない。

だから民家から真水を買ってくるのが普通だった。

最近は気仙沼市から海底パイプを通して真水が供給されていたのよね。

ちと寄り道するけど。

オレは気仙沼市ってのは、電器屋のアンケートをとる為にバイクと車で三日通ったからけっこう知ってる。

二日目に車に泊まっていて雪が降ってもう駄目なので。N君の伯父さんちの大島の民宿へ行った。

むろん金は払う気でね。

「なんだべ!んだら!はやぐ来ればよがったのっしゃ!」と言っておばさんは。

「あんまりねんだよ」と言いながら。あわびやうにや、沢山の刺身を出してくれて。

電気アンカで温めた布団で寝せてくれた。

そこは海まで30歩ってところだから。今回は駄目だったろう。

そんな具合で大島は津波で大変な被害を受けたけれども。近くの気仙沼も同様だったから。真水も食料もなくて孤立した。むろん、これはけっこう後で宮城で報道されたことだ。

自衛隊のヘリは規定される安全が不足なために着陸できず。救援物資も投下できず(法的に禁止だからね)

そんななか。日本に許可を得ずに強制着陸して水や食料を運んだのは米軍なのだった。

一度しか(つか停電が回復してからね)写ってないけど。米兵が水や食料を現地の人に供給しているほかに。子供が。ヘリから降りてきた米兵に抱きついていった映像もあって(なんでなくなったのだろうか?)けっこう涙が出たよね。


でも。トモダチ作戦の予算と。おもいやり予算(名前が気色わるいよな)を引き算してさ。

これは、アメリカの策略なんだから、と。

だから。トモダチ作戦に安易に感謝を表明するのは馬鹿である。

てー感じのブログってけっこう多いんだよ。

うん。オレは仙台で被災地区だからけっこう言いたい事が言えて。とかオモウだろう。

でも、「オレは家が流されたもん!」と言えば「オレは両親もながされたもん!」となり。

「いやいやオレは家族全員なくして」って人もいるだろうし。

「いや、おれなんて、おれも死んじゃったし!」

より不幸なほうがエライわけではないでしょ?

今回は。不幸自慢をしては駄目なのだおね。

だから、おれも偉そうなことはいわないけれど。

感情として現実に被害が少なかったところの人が。いわゆる政治理論で、米軍は~、自衛隊は~、原発は~っておかしかねーか?と。

少なくとも。原発問題に関しては。

20K以内とはいわないけどさ。

まいどまいど学者の引用をして書いているような人は。

せめて福島県に来てからものを言えと思う。

実験室の。安全なガラスの外から見ている奴らは。原発についてはいいけど。
今の福島原発に関してものを言うなといいたいな。

今回のことで、東北の人は思っただろう。

人は一人でも。家族でも。生きてはいけないのだな。

はじめてわかったのかもしれなくて。

関東や関西や九州や北海道があって生きることができるのだなと。

だから。

思う事は感謝だ。

汗ダクで作業してくれた大阪ガスの人。

深夜、疲れていそうなのに交通整理をしていた愛媛県警の人。

人は。

生きていく上で、なにかを助けてもらったらば。感謝するべきだろうし。しなくてはいけない。

それが米軍の結果的な優勢になるとしても。

中国のや韓国の領土問題に影響があろうとしても。

それは、改めて後から言うしかないわけで。

こころからの。ありがとうは。

言わなくてはならないと思う。

それが人の道ではないかなあ。




うーん。別な話は明日かけるかな?ははは。
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2011-05-13 (Fri)


人は遊園地には生涯で何度くらい行くものなのかなあ?

世代的なものはあるのだろうけれど。

オレは多分六回くらいだと思う。後年のTDLも含めてだ。

つまり百貨店の乗り物ではなくて、完全に遊ぶだけの遊園地ってことだけど。

いつのまにか、自分が楽しむというよりは子供を連れて行く場所になり。

でも東北ではあまり一流の遊園地はなくて。

郡山市が経営している市の遊園地にはよく行った。

入場は無料だから。お弁当を作って。

もっぱら娘が乗り物に乗っているときは。

フェンスの外で、手を振る娘に応えるって感じかなあ。

そこの回転木馬は。

ぜんぜんゴージャスではなくて。しょぼいのだけれど。

小さい子に必要な。補助役として木馬の隣にたっている妻と。

オレの目の前を通るときに目を輝かせて手を振る娘を。

何度か写真に撮ったのだけれど。

それは。かすかにぶれており。なんだか滲んだ水彩画のようであったのだ。

瞬く間に時は過ぎて。

娘が10歳くらいだったろうか。

仙台の夢メッセというのに行った。今回沈んじゃった仙台港だね。

例によって出発が遅かったから。遊園地エリアに着いたのは夕方。

ここすげーの。いわゆる移動式遊園地なのだろうけど。

アメリカ映画であるじゃない?やけにピカピカ照明があってつの。

8ミリでビデオ撮ってたけど。

急に暗くなって。でも照明がすごいのだす。

港だから漆黒の闇なんだけど。ほら!映画のカーニバルみたいなの。

ハンマーを叩きつけて頂点までいくと景品、とか、もろアメリカ。

娘が乗ったのが。回転木馬。

これは二階建てで。

一階はまぶしいくらいの照明が連なって。二階部分に木馬があって。その上の屋根は、これまた照明。

もう。ゴージャスですまないくらい豪華なの。

廻り出すと。音楽も大きく。やや不協和音的な、オルガンの音がして。

廻っている木馬に載っている子供は。例外なく正面に来ると手を振るのだけれど。

二周くらい、したところで。液晶で見ながら録画していたビデオを止めた。

照明の逆光で額に手を当てないと見えないのだけれど。

笑って。手を振る子供たちの中には。娘は確認できなかった。

なんだか。

嬉しそうに笑いながら。

どこかへ消えてしまったと思ったのだ。

回転が止まって。つぎつぎと降りてくる子供達の。

最後の方に娘は笑顔で出てきたのだけれど。

やや。ブラッドベリとか思い出したりもして。

結局は気のせいだったのだけれど。

それ以降、こういうのは。

もうないな、と思い。

オレが回転木馬が廻るのを。じっと眺めることもないだろうし。

だれかが。

回転木馬から。

オレに手を振ることもないのでしょう。

やっぱりあれは。

回転じゃなくて。

リフトのように。

長時間の直線木馬だったらよかったのに、とか思い。

ひとは。

だれでも。

くるくるとまわって。

そのたびにお母さんに手は振るのだけれど。

いつかは。

見えないところにゆくのだろうかね。
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2011-05-08 (Sun)


タイトルは無関係でっす。知っている人はいないだろし。

むにゃむにゃ。らこです。

ここ最近は18:00ころ起きて12時間後に寝るという駄目になっている感じで。

あ、違うか。考えてみれば生まれてから一度も駄目でなかったことはないわけで。

つまらないだろうけど。つかいつも自分でそう決めて途中で辞めてきたので。

あえて書くか。

前回の続き。




オレは寝ていたのだが。携帯が鳴って起こされた。

ハチミツだった。

「昨日、福島に行くっていってたけど。何時に集まればいいすか?」

記憶にねーんだお。

話では。

はねまるさんが、どこでもいいから被災地に行って電気工事とかできることをしたい。と言い。

でも、勝手に行ってもできないし、ボランティアに申し込むと、工事はまだ先なので、泥掃除とかになる。

それでもいいとは言われたけど。いろいろ考えて。

Mの親戚を探すのに同行してくれないか?と頼んだ。らしい。

時間を見ると9:00過ぎだったので。これは酔いが抜けないんじゃね?と思ったが。

「11:00にホテルでな」と言った。

記憶を探ってポケットを探ると。

Mの字で三人の氏名が書いてありました。

実家の後をついでいるであろう、従兄弟の二人と。

ま、現地にはいなかったであろう実父の名前です。

急いで、その名前で検索。

といっても。

死亡が確認された人。行方不明の届出がなされた人。各避難所に登録されている人。

数千名の名前を確認しなくてはならず。しかも五十音順のデータベースにされていません。

中には、避難所で撮影した、手書きのリストの写真だけってのもあり。

すげえ、こまったんす。

11:00ぎりぎり。

見つけてしまった。

Mのオバサンや従兄弟ではなく。

Mの父親が郷里の避難所にいることを確認してしまった。

どうなのよ?っておもうでしょ?
オバサンくらいならなんとかなるけどー。

Mや。妻であるMの母親も一切会っていない人にオレが会うってどうなの?みたいな。

しかたなく、Mに電話しました。


「どうする?」

「・・・・・」

「やめとくか?」

「いや、行ってくれ」

「行ってどうすんのよ」

「オレと母親の名前を出して知っているかどうか聞いてくれ」

「知らないって言われたら?」

「そのまま帰ってこい」

「知っていると言ったら?」

「連絡先だけ聞いてくれ」

Mはそれだけ言うと電話を切った。

気が重くなった。

一応、食料がある方がいいかと思って。前日にはねまるさんから貰ったカップラーメンの箱を車に積み。お茶の箱も積んだ。

残るはビール2ケース。検索したらばアルコールはどこでも受け付けないようで。保留した。(別に飲みたいからじゃないからね)

三階から積んでいると、もう辛くなって。ご飯パックとインスタント味噌汁を忘れた。

まあ、この時点では、本当に誰かに提供できるかわからなかったしね。

六号線を橋っている間は、ハチミツもはねまるさんも、けっこう話をしていたけど。

前回と違って六号線は途中で通行止めになっており、向かって左の浜辺方向にしか進めなくなり。

もろに被災した亘理町と山本町の海岸を南に進むことになってしまった。

社内は無言になり車外では強風で乾いた泥が飛ばされて視界を悪くさせ。

自衛隊も一般車もまったく見えず。

見える限りでは瓦礫の荒野を走っているのは俺たちの車だけだった。

「らこさん、こんなとこに避難所はないんじゃない?」

はねまるさんは、何度かそう言ったけど。オレは確かにそうだと認めていたが返事をしないで進んだ。

大きな余震がきて津波が発生すれば、まず終りだなあ、と思い。

高所である東に延びる道はほとんどなく。海岸と平行に南下する道ばかりで。

東が高所といっても、やや高い六号線をも波は超えているわけで。山間部には遠い。

入っている間にも、けっこうな揺れを感じることもあって。びびっていたのだけれど。

消防団が数人並んで、通行止めをしている交差点にきた。

やけに不機嫌な消防団だったけれど。

「新地小学校の避難所に行きたいのですが」と聞くと。

なにやら教えてくれて。

無事に六号線に出られて。多少行き過ぎはあったけれどもたどり着いた。

やけに小さな小学校で。入り口にはニ本だけの木に花が咲いており。

オレが今年見た、初めての満開の桜だった。

校庭に車を停めて皆を見ると。

(待ってます)といった表情で。

いつもは、こういう時は他人にまかせるオレなのだけれど。

事情を知っているのは俺しかいないのは当たり前で。

体育館に靴を脱いで入って扉を閉めた。

硬直したんだよね。本当に。

テレビで見るように何百人もいるわけではなく。

30人くらいの人が毛布をかぶってねていた。

例えば。

しやわせ!な人を30人集めて体育館に入れた場合と。この時の様な場合は。

言葉や音がなくても。感じるだと思う。

オレが感じたのは。

体育館一杯に充満した。

絶望感だった。

きっと誰もが眠っているわけもなく。ただ。毛布にくるまって。

瞼を通してくる光のなかで。

もう、いい と思っているのではないか。

テレビで見て。人を探す場合は。

「○○××さんはいますかー!」と声を張り上げればいいと思っていたのだけれど。

そんなことできる雰囲気でもなく。

ただ、佇むオレの横を。存在が見えないかのように。ジイサンやバアサンが、そろそろと歩いていく。

でも、一応は頼まれたことはしなければいけない。

ふと見ると、奥に長テーブルに座っている二人が見える。避難者ではないようで。

「あのー。ここにM・功さんていますかね?」

彼ははじけるように立ち上がって、避難者のリストを懸命にさがしてくれた。町役場の方らしい。

リストに「M・功」というのを見つけて。

「これすう!」と言った。

良く見れば。功ではなくて巧だった。

「でも、これは聞き取りでリスト作ってますから、そうかもしれません・・・えっと9歳の方ですか?」

「いいえ。80歳です」

まあ、見つからなかったと。俺が見間違ってしまったと思ったら。

「その人の、親戚なら、ここさ、いっど!」

「え?」

「んだから功の長兄・・・これは前に死んだげっど」

「はい、聞いてます」

「その嫁と、長男、んだから功の甥はここにいんだああ」

鬼瓦のようなオッサンは、体育館の真ん中にいって。小柄なバアサンを連れてきました。

オレはなんと言っていいかわからず。だって知らないし、無関係な人でしょ?

「えっっと。私は仙台のM・モリコさんの息子のスデアキ君のトモダチなんすけど。無事かどうか見てきてくれるように言われまして」

彼女は。

90度に腰を曲げて。

「すんません、すんません。モリコさんには迷惑かけたのに。わざわざ、来てもらって、ほんとうにすんません・・・」

もう、顔は見えなかったのだけれど。

彼女のやや、ガニマタ的に開かれた足の間には。ぼたぼたと水滴が落ちたのですね。

彼女の避難場所の敷地(仕切りはないです)で話を聞けば。

「えっと家は?」

「全部ね、ねぐなったわ」

そばに寝ている男がいて、あきらかに寝ているけど眠ってはいない。

「えっと、そちらのかたは?」

「息子ですう」

始めに探したM家を継いだ男だお。

「あああ」

死んだ魚の目だった。でもわかる。おれだって二日目まではそうだし。

もう話せなかった。目の前にいる人が、嬉しくなるようなことは。言える訳がない。

「じゃあ、食料は持ってきたけど一人に出す訳もいかないので、避難所に出していいすか?」


「ああ、それはそれはありがとうございます」。


ここでオレは、はねまるさんや、はちみつに頼んで、食材を運んでもらったのだが。

なんだか体育館内の多くの人が寄ってきて。

涙目でオレやはねまるさんに、頭を下げる。

やめてくれとおもう。

人は人に。

頭を下げてはいけないようなきがする。

自分の世代はともかく。

いつかはお互い様になるだろうから。

ひれ伏してはいけない。

今回は世話になるもん、でいいんじゃねえかなあ。


ああ、じゃあ、Mの従兄弟(死んだ魚の目の人ね)


ちらりと見たら、なんか母親(Mの伯母)に、かなり怒られたらしく。

オレとはねまるさんと、ハチミツが帰る時には。

なんだか涙目で出てきて。

とても深い一礼をした。

| 震災 | COM(10) | | TB(0) | |
2011-05-03 (Tue)


らこでし。

福島県郡山市で小中学校が校庭の土を削った話は知ってると思うけど。

福島市や郡山市には、大勢の避難民がいることもわかるように。

中通り地方はあまり影響がないと思ってたのだろうと。

宮城だって近いけれど。オリには小さな子供もいないし。

娘は人一倍気遣ってマスクとフードをつけているし。(今は石巻にボランティアに行ってるらし)

まりあん、ぢゃなくて。あんまり、身近には感じていなかったのだけれど。

ちと気になって調べてみたら。

数値が高い学校を優先に始めたらしくて。

5.5マイクロシーベルトで以上に高かった、郡山市立薫小学校
が一番最初と知って。ううっとなった。

つのは。オリは数年前まで、この小学校のすぐ真向かいに住んでおり。

娘のクマキチは。

この小学校に入学して卒業したからであるの。

郡山市では地図上は東西では中央にあたり、浜通りに近いというわけではない。

誰もが原発とは無関係だと思って暮らしてきたはずだ。

今は知らないけど。

当時は県外から転勤してきた人が多く住んでおり。小学生もそうだから。夏休みなんかは、実家に長期で帰る子が多かった。

地元の人も。菜根(地名です)屋敷と呼ばれる、豪農?の子孫のお金持ちが多く。

市内ではけっこうお上品な雰囲気の街ですた。(オリは賃貸だけどね)

だからか。小学校も教育熱心で。PTAの意見を積極的に取り入れるような進んだ学校だったような。

けれど。今回の校庭削りは。国の判断を待っていられない、という迅速な対応はよいのだけれど。

あくまで保護者向けの処置って感じがしないでもない。

子供は校庭でのみ育つものではないから。

隣の幼児が遊ぶ小さな公園の土はどうなの?とか。

隣接する、かなり広い酒蓋公園の土はそのままぢゃね?

こういうときにもしオリが、あのまま住んでいたらどうしただろう?とか思い。

幼児だけじゃなくて。中学生だって。自分がどう考えていようが。

親の方針にしたがわ猿を絵なくて。

当時のオリは。地元の店だから。仙台にも支店はあったけど、地元を一時休業するってなあ選択はなかったから。娘を休校させて妻と仙台に送り自分が残るってな感じだったろう。

同様に現在だって。中通りは安全とされているから。

全国展開の会社の支店勤務の人は。
 
支店を閉めて逃げるわけにはいかないだろう。

だけれども。

大津波とかの。命にかかわるバーイは。

仕事なんてどうでもいいわけで。

きめるラインがはっきりとわからないような。

オリは、一度もまるまる休んで行ったことはないけれど。

やっぱり毎年、運動会の徒競走で。

ビリになってしうのだけれども。

なんだか嬉しそうに。

息を弾ませて。オリたちが座っているブルーシートにやってきて。

唐揚げとお握りを頬張る娘や。

楽しそうに。お弁当を食べている家族達が座っていた。あの校庭には。

もう。

座る人はいないのだろうなあ。
| 震災 | COM(6) | | TB(0) | |
2011-05-03 (Tue)


なんだか。震災の話を書いている人はいなくなってしまったような。

でも続きは書きます。今日じゃないけど。

面白くはないのだけど。記録ですからね。

最近は、また部屋に篭ってテレビは見ないのだけど。

地方新聞はあまり原発のことを詳しく書くわけでもなく。

地元の復興の兆し、的な記事ばっかりだ。

悲惨な報告がおはると。

今度は感動的とか哀しいとかいう話題を提供するのだろう。

テレビの演出もうそ臭いけど。

写真や新聞も、あまりにもセンスが古臭い。



遠くに。

荒れ狂ったけれど、今は静かな青い海に夕日が沈もうとしている。

海岸から続く瓦礫。

一番手前に、ページが開かれた泥だらけのアルバム。

赤ちゃんを抱いているお母さんが写っている。


そんなに多くのアルバムが。流された家の一番上に落ちているのだろうか?

仮に落ちていたとしても。

都合よくページが開いているのだろうか。

こーゆーのは人に見せるものでもないから。

犬だけが写っているようなこともあるはずだけど。

そんなときに。カメラマンは自分でページをめくったりするようなことはなかったのか?

構図と意図が。あまりにも50代以上の人が持っているステレオタイプにしか見えないからだ。


もっといやだったのが。朝日新聞かなあ?病院で見た写真。

瓦礫に覆われた港の岸壁で。

トランペットを持った女子中学生が。

沖を見つめて立っている。

キャプションを読むと。

ブラスバンドでトランペットを担当している女子中学生は。

祖母が津波で行方不明になって。

その祖母が買ってくれたトランペットで毎日。

夕方になると港へ来て。

ZARDの「負けないで」を吹く。



これってさ。取材したわけだから。

1、誰かからそういうことをしている女子中学生がいると聞いて探して話を聞いた。

2、女子中学生本人が、自ら取材をしてほしいといってきた。

このどっちかに限られるでしょ?

でも。2のようなことをする気色の悪い子供はいないだろうから。1なのだろう。

でもなあ。港&岸壁=トランペットつー組み合わせが年寄りくさいんだおね。

話を聞いて取材に行って。

「で、きみは何の楽器をやってるの?」

「はい、チューバです!」

だと困るぢゃない?

んじゃ、小太鼓ならどうか?

ブリキの太鼓みたいでへんだもんね。

トロンボーン・・・行進曲のイメージ

サックス・・・スイングガールズみたい

フルートだといんでね?と思うでしょうけど。

アレはナルシストの楽器であって鎮魂歌には合わない。

やっぱ。トランペットしかないんだよなあ。

あと、選曲にムッとする。きらいじゃないけど。

「YMCA]だったりすると。本当っぽい。

変だけど。応援の為に大概のブラスバンドはできるからね。

でも。祖母が津波で行方不明で。祖母に買って貰ったトランペットを毎夕岸壁で吹く少女を見つけて写真取るってできんのかなあ?

オリなら始めから車にトランペット積んでいくけどね。はは。

イメージなんてどうだっていいと思う。

わざわざ被災地に燃料使って、高価な機材積んで映像を撮っても。

ありのままを写真か動画に撮って。

その恐さや辛さが伝わらないのなら。

能力がない人なのである。

もしそういった女子中学生がいるのなら。

絵にならなくても。

大太鼓叩きながら岸壁を行進していたとしても。

きっと伝わるのだと思う。




実は。またまた夜は眠れず。いままで寝てないわけだけれど。
いつものやつなのか。
地震がこはいのかは。
わかりません。

ねる。







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