11≪ 2011/12 ≫01
12345678910111213141516171819202122232425262728293031
-------- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 | COM(-) | TB(-) |
2011-12-31 (Sat)


年末になると「おしょうがつさま」を神社で買ってこいと言われる。

どうも嘘くさいので嫌いだった。

「おしょうがつ」という何かがあるのかもしれなかったが。

「さま」というのは、庶民の運用上の呼び名で正式名称ではないと思っていたからだ。

でもしかたないので「おしょうがつさま、くださいな」と買いにいっていたのだ。

それは何枚かの神様を描いた紙と。数枚の海老の絵が描いてある紙と。なんかお札がセットになっており。

たしかに「お正月さま」と書いてある。

これを大晦日に台所や、神棚とかいろいろな場所に持って行って。以前貼ってあったものと交換するのだ。

もうやっている家は少ないだろうなあ。神棚だってないしね。

オレもしてなかったけど。ウチでは、今年もやっている。つか母が脚立に乗っていたので。渋々オレがやったけど。こどものころは。長男の仕事とかいわれ。暗い庭の隅のお稲荷様に持っていくのが恐かったなあ。

今も母は、神棚にあげる煮魚とご飯をつくっており。

いつまで、これが続けられるのか。

日本の神様って。いるのですかね?

前記事のコメレスはのちほど。

娘を駅まで迎えにゆくのです。
スポンサーサイト
| ブログ | COM(6) | | TB(0) | |
2011-12-30 (Fri)


こんばんは。らこです。今日も雪でしたね。

スーパーは大混雑で。みんな籠に山盛りの商品を。昔は年末年始はお店はやってませんから買い込んだのもわかりますが、今は2日には開店してるのに。どうしてこんな買うのかしら?

3980円のカニの肩とか。ネットでもっと安いのあるのにな。

僕は、あれから。たまに妙なブログの読み方をするようになって。

ブロガーさんには失礼なのかもしれないけれど。知り合いだけではなくて。

ややアフェリエイト目的でペタしたブロガーさんのも見る。

2011年 3月11日以降数日の記事を読みたくなるから。

一応、関東から北である東日本の人なら。それは何かを感じただろうし。

西の人だって報道で夜にはしったはずだ。なので。

「3月12日!きょうもてんきはいいょ!これゎ!おでかけ?」とか書いているブログはないはずなのだ。

まあ、そんなパトロール的なことより。

あの日。あの時、誰は。何をしていて。どうなって。どう思ったのか?が知りたかった。


え?それなに?って人も居たと思う。阪神大震災の時はまったくしらずに仕事して。

深夜にテレビつけて絶句したんだもんオレ。


だから。あの日。それぞれの状況を知りたかった。怪我もせず建物が無事だって部屋がメチャメチャで大事な家具が壊れた人だって多いだろう。

テレビやネットで見てわかるように。報道ではほんの僅かなことしか伝わらない。
リアル映像は確かに事実を伝えるけれど。すぐに修正がはいってカット。人が呑まれるシーンはダメだから・・・けど、それって現実だろ?とか思い。


報道写真は、瓦礫の中に立つ子供、とか。ピューリッツァー賞狙っているような構図ばかりが残っている。

こういう写真はなんか朝日をバックに撮られていたりするけど。一縷の希望とかいう構図なのか。

オレは自分の家や家族が流されていないので。断言はできないけど。

家や家族が流された場所に立つ人に。希望はなかったと思う。絶望。


テレビが映って数日で。テレビではもう駄目だと思った。

うん。マスメディアがどれだけ酷かったかは別な話だから置いといて。

はっきりとしていることは、自分達が出かけて見て聞いたことなのだよね。むろん聞いた中にはデマもあるから注意しなければいけないけれども。根本の情報は伝聞ではねーすか。


たださ、今回は思わぬというか。町内会って凄かったんよ。

オレと妻は妻宅にいるから近所とは挨拶するけど町内会は積極的じゃないの。

でも震災は母宅で起こった。母は町内会副会長で。はは。

でも。いつもは母が一人暮らしなわけで。

震災後初めに、ドアをノックして1リッターのペットボトルを持って来てくれたのは70過ぎの町内会長さんだった。近くの中学校で炊き出しが行われていることもラジオではわからず。会長さんから聞いて近所に知らせて廻った。

これは町内会のよいところだろうけど。誰もが。できる限り良い人であろうとしているのがわかるんだよね。オレもだけど。普段より五割増しで愛想よくしました。

そんなこともあって。いろいろな全国の人は、あの日にことをどう記事にしているのかな?と思って。

つい、3月11日にあわせてしまう。

だって。たしかにあの日を境に。日本は違ってしまったからね。

「このたびの震災に関して~」と開いてあるのはがっかり。おまーは業者か!と

できれば実況放送的な記事が読めれば、地域によっての差がわかるのでありがたいなとはおもったけれど。

冷静に状況をレポートしていた記事はすげー少なかった。

「すごかったねえ」

どうすごかったか教えてくれって感じ?

いろいろ見て。さすがに沢山の人が逃げたり、攻めたり、救援の協力をしたのだなあと思った。

オレは。Iモードがまったくダメなので。パソコン関係は無理だと思って。お電話もメールも来ないしね。

あーそーいえばブログどうなってんの?とか思ったのは。二日後だった。

やっとネットが繫がって返事したあとでも。

オレのことで心配かけたのだろうか?と皆さんのブログやコメントをみて。

申し訳ないなと思ったな。アイフォンとかでネットやっていれば、二日目には駅前で充電して連絡できたからだね。

いつもいつもオレは。

震災時の様子をきちんとブログで書くと言って来た。でも書かない。

これは。オレが一番、相対したくない自分のあるモノと向き合って、それを認めざるを得ないからだろう。

何度もアメブロの下書きには書いたけれども。時効で消えてゆくの。はは。

オレは。

あの震災で。

自分より卑怯なのに、にこにこ生きている人を見つけたくて。

311を検索しているのかもしれないな。


みんな、正月にでも。311以後はこんなでしたレポートしてくれないかなあ。けけ。

あ、「なんも感じなかった」とかいうのも歓迎なので。記事でもコメでも!ぜひ。
| しょうもない話 | COM(13) | | TB(0) | |
2011-12-29 (Thu)


今、商店街は。震災があったことが嘘のように人で賑わっています。

名物のイルミネーションをバックに写真を撮る人たちをよけながら。

アーケードの奥に見える、白熊百貨店を見ます。

今、あそこでは。多くの社員が。もうすぐ閉店だ、と、なかばうきうきしながら、接客をしているのでしょうか。

そして、彼らは、もれなく黒か紺の、前開きベストをネクタイの上に着ているのです。

大勢の吐息が。白い煙となって闇に消えてゆくなかで。

僕は。あっち側にもいることができたのだろうか?と。思ってしまい。

思いは、ずっとずっと昔に、しゅいーんと遡るのです。

僕は大学に入った年から、白熊百貨店のお歳暮とお中元のアルバイトをしていました。

これは春過ぎに募集があるもので、僕らの様な私立大と国立大が半々になるように採用されているようでした。休みの期間が違うからでしょう。

毎年補充もあったのでしょうが、基本的には経験者優遇なので一度採用になると、次回からは季節になると人事から要請の電話がくるようになるのです。

一階の配送センターは、基本的に力仕事ですから、二部の学生や高卒のやや柄の悪い連中が多く、それを束ねる係長は昔、盛り場で大立ち回りをしたという伝説のある怖い人でした。

一方、僕の働く2Fの包装センターは、贈り物の包装をするお仕事ですから主婦のパートや女子大生が多く、男子大学生はやや少ないといった感じでして。これは!もうチャンス!という雰囲気なのです。


けれどギャルとナカヨクとかは幻想であって、僕はけっこうパートのおばさんに、いじめられたりもしたものです。

三年生にもなると包装の係長から直接「おまー、学校やすんで早く来いよ」と電話がくるようなもので。講義や他のバイトの遣り繰りをして駆けつけたものです。

その年の12月は。初の学生バイト班長となった僕は。いろいろ面倒なことにも対処しながら。平田係長と毎晩呑みに行き。夜間配送がある時は残業して配送センターの仲間となって働き。気がつくとけっこう、このセンターでは知られている存在になっていました。

年末。お歳暮戦も終わって、職場で打ち上げ飲み会があるのですが。そこで、平田係長が僕のところにきました。

「おまえ、来年どうすんだ?ウチ受けるのか?だったら効果はないけど、オレとか配送係長とかで言ってはおくけどさ」

「いや、なんつか決まってねんですう」

「そか、んじゃ今期分の呑み代の貸し払ってくれや」

いつも呑みに連れて行ってくれるのですが、決して奢らない人なのですね。それはそれで好きですが。

どんなシチュエーションでもロマンスとやらは生まれるのですが。僕だけは例外で。女性に人気の第二位(誰かがランキングしたようで)とか。いいことはなにもありませんでした。

初夏も過ぎて。もう水面下では就職活動が始まっているようでした。

躁感じているのは私大である僕たちは遅いわけであって。国立大の友人はパンフレットが来て面接に行っているようであり。

僕の私立大学は一般的に入る事のできる会社は限られています。いわゆる学校推薦受けられるところですね。残念ながら都銀とか地銀はありません。相互銀行とかかな。メーカーもダメで、その販社くらい。早い話、仙台でよい会社・・・地銀、東北電力、地元TV・・・その後に地元の上場企業。

そして、成績もよくなく、でも地元。白熊百貨店の店員!てのは。かなり地元の年寄りも認める就職先だったわけです。
 
四年生の初夏。大学であった白熊百貨店の就職説明会に参加しました。もう立ち見がでるほど大盛況。
大いに盛り上がった説明会の講師は森田さんでした。

森田さんは、僕が始めて白熊百貨店でバイトをした時に、後輩だと思ってゾンザイな口の聞き方をしていたのですが、数日後わかって謝ったときにも「いいのいいの」と言った温厚な人です。

説明会が終わったあと。彼は多くの学生に囲まれて質問攻めにあって、スターのようでした。

通り過ぎようとする僕を見て、彼は目で。「待ってろ」という合図をしてきたのです。


人がいなくなってから、森田さんと喫茶店にいきました。

「受けろっていってたぞ、平田課長がさ」

「ええ?でもそれって確実なコネじゃないんすよね?」

「うん。でも配送係長の免田さんも押すっていってたし、なんか聞かれれば俺も押すよ」

「けど、売り場に立つんでしょう?森田さんって今何売ってんの?」

「俺は婦人服。たしかに最初は売り場だろうけど。バイヤーという道もあるし、オレだってそれを目指している。オマエだって売り場ができないわけじゃないだろう?」

「それはそうですけど」

「ともかく第一期の募集に応募しろ。みんなで押すから」

「それって、普通のコネよりは弱いんすか?」

「・・・ああ、比べ物にならないくらい弱いけど。でもオマエ他に有力なところあんのか?」

なかった。

「考えて応募するかしないか決めます」

「つか、親戚コネを別にすれば、こんなのないって話だぞ?」

「はあ、別なこともかんがてまして」

森田さんはやや怒って帰った。

遅すぎるけれど。僕は、この時点で。どういった仕事をすべきかなと思った。



子供のころの仕事のイメージってのはあると思う。農業や漁業、林業でない僕は。サザエさんとかで見る。たくさん積んである書類を何かして、減らしていくのが仕事だろうと思っていた。
そして、何かする、方法は。学校で勉強すればわかるのだと。

不思議だけれど、ペコペコ頭を下げて仕事を貰う営業の仕事はテレビに映る事は少なかった。

結局は、大学を出る頃に。事務のような仕事はまったくないのだった。それは偶然ではなく、そういった希望の人は早いうちに修行をして、しかるべく試験を受けていたからなのですね。

そんなわけで。どちらかといえば。一番嫌いな飛び込み営業的な仕事しかないのが現実だ。

うん。とっても美味しい他では買えない卵があるなら。売ってあるいてもいいかと。でも。

他と変わらないコピー機を売ってまわるのは。いやだよ。

僕は。売りたくもないコピー機を売って生涯を暮らすのか?

と思ったけれど。実はもっと前にそういったことは覚悟していたわけであり。

早い話、アカデミックな傾向の職業に就くには、もう僕は知識が遅れすぎているだろうという認識はあった。

じゃあ、どうするかといえば。逃げ道はアートだ。ゲージツだお。

ここなら才能なくてもバカでも「認められていないだけ」てなエクスキューズがあるからね。

でも、絵は書かなかった。書いて言い訳できる場所をしらなかったし。

あとは文学でしょ?

文学ったら、文字が書ければいいのだもの。あとは読んだ人の理解とか。

そこそこ文章は書いてきた。友人の読書感想文も200円でけっこう書いたし。まあ、てにおは、は大丈夫だし漢字もいいだろうと。それなので。。

文壇デビュー!大型作家登場! 的な職の得かたもあって欲しいとは、思っていた。

だけれども。白熊百貨店の応募を目の前にした僕は。小学生の様な原稿用紙にあれこれ書いても。何枚書いても。ダメだった。僕は。書くことがないくらい薄っぺらだったことを知った。

もちろん、経験のあるなしでなくて、他人に読んで貰って金銭をもらえないようなものは。そもそも文学でもないと思い。金も読む人も必要ないならば。自分のメモ帳に書いていればいいわけだ。


夏前に白熊百貨店の募集期限がきた。

いいのだおね。若者は。冒険をしてもいいのだ。と誰かがいった。けれど。けれど。



この若者には恋人がいたのである。

合コンかなんかで知り合って。僕も彼女も純情だったこともあって。なんか。しずかにお付き合いをしてきた。

僕にとって女性というのは彼女であって、彼女にとっての男性は僕だったと思う。

どのてーどのおつきあいなのか?はまーフツーってことだけど。

彼女は短大で就職をしました。僕が三年生のときですね。スーツを着た彼女に何回かご飯をご馳走になったようにも思います。

上記に述べたように。僕が就職に悩んでいる時には。

「いいのよ、後悔がないように決めて」とゆってくれました。

だけれども。当時は。

男子→四大卒

女子→短大卒、二年勤務

のバーイは。男子がまあまあの職業なら!結婚!つーのはふつーでして。

そういう話こそ出ていませんでしたし。僕は白熊百貨店の話は誰にもしていませんでした。だって確実な話ではありませんでしたからね。


でも。


「あのさ、就職が厳しいなら、お父さんの知り合いの建築やさんでOKっていってたよ」

うう。

むろん、結婚とか何も言ってないすけど。彼女の父親とは挨拶をしたことがあって。結婚の挨拶ぢゃねんだけど。なんか・・・はなしが・・・そっちに行っているの。

世間でも。彼女がいて二年してちゃんと就職できたら結婚とか。



彼女は好きでした。

当時は、ずっと一緒にいたいと思っていました。

今でも、見かけると胸が痛みます。

けれどもいいのか?

僕は。この人と家庭を築いて、子供を設けて。白熊百貨店の売り場に。

白髪がでてもなお。薄笑いをして売り場に立つのか?




彼女は。捨てることにしました。






多くは語りません。喫茶店で。僕はほとんど話せず。「ありがとう。いままで楽しかった」と言って。
彼女はしたを向いて。たくさんの涙をこぼしていたのですが。いつ帰ればいいか迷ってもおり。だってこんなことは初めてですから。


「あなたが先に出ていって」


悪いことをしたような気がして。というか。したのですけれど。
もう。僕には誰もいらないのだと思いました。





僕は。大学は通さないで。編集関係の仕事を探しました。

なんでもいいのです。とにかく、僕が思って僕が書いたことが活字になったのを見届ければ。

やめてもいいとおもったのでした。


地元の業界雑誌ってのがあるのです。それぞれの業界で小さいパイをとりあっていえるのですが。そのなかにスキーを扱っている雑誌社があって。
僕はスキーなら東北県内に関しては情報もメーカー情報も知り尽くしていたのです。

「けど冬以外はゴルフか釣りだよ?」と言われましたが試験を受けて。

編集部勤務になったのですね。

ま、編集部といっても始めはフィルムの受け渡しだとかそういう雑用だと思っていて。

甘く見ていたら、初日に発行している雑誌を目一杯持たされて街にだされた。

すべての企業に配って、できれば定期購読するように頼めと。目の前が暗くなった。


コンビを組む先輩女性のサヤカさんは、ビルに入ると雑誌を投げ出して。

「おまえ、いってこいよ」という。

「なんて言えばいいんすか?」

「え?これ持ってきたけど定期購読してくれねえか?っていうだけだ」

「はあ」

おそるおそるドアを開けて。「ええと、このたび、この雑誌を・・・・」

「はい承りました、定期購読は個人の問題なので聞いては置きますね♪」


「ダメだったすけど」

「ばか、それでいいんだよ。購読なんてないんだから、ただの宣伝だよ」

サヤカさんはそのごもぐったりとして。

「じゃんけんしていく奴を決めよう」とか言って。

僕が勝つと。「うん、勝った奴がいくべきだな」とか言うわけで。

かなり大きな事業所で僕がビビッているとサヤカさんは。

「もう。こういうときはな。こうやるんだよ」と言って。

入り口のガラスを力強くどんどんと叩きながら蹴った。

サヤカさんはさっと逃げるのだけれど。僕は、ぼおっとしたまま、出てきた人に何かを言わなければならないのであって。必然的に雑誌の件を話したのである。

「ちょっと、ひどいじゃないすか、おればっか行かせて」

「だってオマエは後輩で新人だろ?」

「そうすけど」

「あ、わりい」といってトイレへ。

もう日が暮れそうでした。

なんだかなあ。

「お、んじゃあサテンでもいくか」といって。サヤカさんは余った雑誌をビルのゴミ箱に分けて捨てはじめたのです。

「え?いいんすか?」

「だって同じことだしね。用は中身だからこんなの意味ないのよ」といくつものゴミ箱に捨てて、僕にも同じことをするように指示するのでした。

喫茶店でコーヒーを頼んだ彼女は横になってぐうぐうと眠り始め、カフェオレを持って来たママさんは、少しだけ笑って「あなた新人さん?」

「はあ」

「そろそろ誰か来ると思うから」といって引っ込んでしまったので。僕はただ、たばこを吸っていました。


現れたのは。朝に挨拶をした営業課長です。パンチパーマで僕をじろっと見て。

「おまえ、事務所に戻らなかったのか?」と強い口調でいいました。彼は寝ているサヤカさんを見ながら赤電話で。

「ああ、お疲れ様です浦井です。サヤカさんと、新人のらこも配り終わって一緒ですから直帰しますう」

彼は僕の横に座って。「サヤカちゃんと初日はきつかったろ?ははは」と笑いました。


そうしているうちに、営業や編集とかいう人が何人も店にあつまってきて。


「んじゃあ、呑みにいくか?」とサヤカさんはいうのです。



パンチの課長は浦井さんとといってまだ20代。

細身の編集長という女性と、少し年上のスゲー美人な女性も来ました。



「え?でもたしかデザイナーの太った人もいたし、僕と同期の営業の子も一緒ではないんすか?」

「ばが!会社全員仲良しクラブじゃないんだよ。ま、新入りではオマエだけを認めてやったんだ」

「え?でも認めたってサヤカさん、ゲロはいてばっかじゃないすか?」

「うるせえんだよ」

「けど、初日でこういう話って。なんか会社がダメなんすか?」

「ダメってのは、ま、・・・業界だな。ま、オマエはともかく技術を覚えろ、オレ達が教えてやっから」


すげえのだけれど。濃くて面白い空間に入って行った。

悪いけれど。捨てた女の事は。これぽっちも思い出さなかったのだ。

いつかこの話は続きます。

| 昔のおもひで | COM(2) | | TB(0) | |
2011-12-29 (Thu)


本日は。またまた母は入院なので。

昨日買ってあった助六寿司のようなものをくったが。

ふとみつけて思ったもの。

鰹節と削り器があったのだ。削り器は昔、俺がもらったものだろう。

これをカシカシ削れば本物だおね。

それに。ある方から貰った自家製梅干2010年製をあえる。

そんで、ちょっと醤油もかける。これもキッコーマンでなくて出雲からの取り寄せ品。

もう、これってすごくね?つかんじ。

ご飯は。サトウのご飯だけど。

呑みつつ食った。

んまいね。
| ブログ | COM(4) | | TB(0) | |
2011-12-27 (Tue)


みんな。だれでも。

がんばって。立派な人になって生きてゆくのですよ。と教えられるだろうけれど。

かならず。だめなオジサンはいるのだと思う。

多くは。今度の勝負は鉄板だから!とか。大人しい場合は、なにも言わずに絵をかいていたりする。

共通することは、無職で収入がなく、時には金を借りにくることである。

そういう人を親戚や知人は「あの人はねえ」と言って、やや、溜息をついてお茶をすするのが普通で。

「ああいうふうになってはいけませんよ」と子供達は言われてうなずくものなのである。

啓二伯父さんは。そう言われている人で。反物か何かの行商をやっていたのだけれど。

車を持っていたので、いつもオレや姉を遊びに連れて行ってくれた。けれど母はどうも彼を歓迎していないようで。

弟である父は。いつもたんたんと対応して。たまには「啓ちゃん、うちはいいから仕事に精出しなよ」と言い。

そう言われた啓二伯父さんは。何を言う訳でもなく。斜め下をみつめて。

口だけで笑ってみせるのだった。

どうして、兄なのに弟に説教されて黙っているのか?そもそも長男なのにどうして、らこ家を継がなかったのか?これから頑張るのだよ!とか言い返せばいいのに!とか。

かなり後に教えてもらったけど。彼は役所的な職場に勤めており。そこで多額の使い込みをした。
警察沙汰にならないよう。らこ家の土地と家屋は売られたのだった。
そこで、会社から多額の金を借りて買い戻したのが父であり。

きっと、いつも父に対して後ろめたい気持ちがあったのかもしれない。

オレは。きっと彼のような卑屈な微笑をすることはないだろう。だっていまだってこんなに優れているからな。と当時は思っていたかもしれない。

母の妹でルリコ叔母さんて人がいた。オレが初めてあったころも独身だったけれど。姉妹のなかで最後まで独身だった。

ルリコ叔母さんは子供のオレから見ても。あきらかに人より劣っており。ようやく高校を卒業したものの、あちこちの会社で首になって。当時はなんとか湾岸の海産物加工会社の単純作業をしていた。

そんな彼女にもようやく縁談があって。きまったようだった。

「ぱっとしない男だけど、真面目ならいいでねえ」みたいなことを親戚が言っており。

川端というその小男は。牛乳屋を営んでおり。二人は夜明け前から牛乳を配達してまわって、午後からはのんびり過す、という生活を始め、問題はなかったようだった。しばらくは。

オレが16のときに。二人は家に転がり込んだ。詳しくはしらない。店はなくなったらしいし。
午後から暇な川端がパチンコにはまっていたことは聞いていたが。

オレや姉が高校に行って、母が勤めに出ている間、彼らは部屋にいる。何をしていたかは知らない。

ルリコ叔母は家事が恐ろしく下手なので、何もさせなかったのだけれど。制服のままで食事を作っている姉は酷く嫌っていた。

洗い物や食器運びもせずにマーガレットをえんえん読んでいるからだ。そして、料理中の姉に、「マーガレットの8月号はないの?」と聞くからだ。

一方、川端は寝転がって新聞を眺めて。いつもきまって。
「よう、タバコくれよ」と言い。オレが渋々、セブンスターを一本やると。

「なんだよ、ケチくせえなあ、5本よこせよ」と言うのだった。

母は、息を切らして勤めから戻ると。いつだって不機嫌に言うのだ。

「ルリコ!あんた料理ができないなら、掃除とか洗い物とかやりなよ!漫画よんでるってなんなの?」

おどおどと台所に行くルリコ。

「あんた!職安行ってきたの?働きもしないで寝てばっかりいて!あんたがしっかりしないと!」

川端はさすがに、ゆるゆると起き上がって。母の小言を聞いている。

目線は。やや下。縁のない新聞の株式欄を、うつろに眺めながら。

やっぱり。すこしだけ。すこしだけ、微笑んでいた。


親戚がどうこうしたらしく、それ以来は彼らを見ていない。

一応の顛末を書いておこう。十数年後。

ルリコは市営住宅で、三ヶ月経過の変死体として発見された。ミイラ化して子供のようだったという。

ただし調べの結果、事件性はないとして姿をくらませた川端が追われることはなかった。


「なに考えてんの?クマキチの学校だってあるし、毎日酒飲んでどうするつもりなの!」

母親に怒鳴られたとき。やっぱり。オレは。

斜め下を眺めながら。すこしだけ。唇をゆがめて。わらっていた。

どうしてなのかなあ?

そうならないように。いっぱい勉強もしたはずなんだけど。

アレ。

を引き継いだのは。オレだったわけで。


だから。しかたなく。

きょうも。

すこしだけ、わらうの。
| 駄目なやつ | COM(9) | | TB(0) | |
2011-12-24 (Sat)


どうしたものかと。

寝てばかりおり。昨日、ブログ書いてからもずっと。食事もトイレもなしで今朝まで寝る。

年末なので、精神科へ。

「寝てばかりで起きている時間がないのです」

「それは・・・」

「それは?」

「ビョーキというより、人としてどうかという問題で」

「・・・・・・・・・・」

いやなやつだお。

しかし、寝たおかげで、まったく酒を呑まない二日間だったわけで。

Mから電話きたので。外へゆくゆく。


ハムスターとハムステーキは。ちょっと似ているとおもうの。うん。
| ブログ | COM(6) | | TB(0) | |
2011-12-23 (Fri)



どうも。らこです。普通に寝て。やっぱ起きてしまって
。また寝るかなというとこ。

思い切って。7年振りに歯医者に行って。

いつもいつもで舌で触っていて、音も出して、もう生活の中で気になるナンバーワンみたいな歯。

削って型を取って。・・・ところが。すげー短く削って。これは技だとおもうけど。

なんかぬりぬりして。ドライヤーで乾かして。

「はい、終了」

なおったお。

ここ数年、いつmぽ気になって下で触ってモゴモゴしていたし。匂いもあるかと気になって。

なんかひとつの自分の弱点だと思っており。

あっというまに、治って。ははは。とか、うはははは、とか久々によき気分。

ま、他は、「今どうこうじゃない」という判断で。歯石とかくりニングにはいくだけど。

どこか治って、ははは、て気分はいいおね。

うん。近頃。急に前頭部分の髪が明らかにすくなくなって。そこはユーウツだ。
気にしないように坊主にすればいいんだけど。妻と娘と母の許可が必要で。(なんか、かなり柄が悪くなるみたいね)。


そんなぐはいで。

アタシは。ちょっとだけ元気ですう。
| ブログ | COM(4) | | TB(0) | |
2011-12-18 (Sun)
かんがれば、俺は仙台に戻って来たときは。

手持ちのビデオと、ブックオフやビデオ屋から中古を仕入れて売っていた。
たら
だから無職だけれど20マンくらいは利益があって。

閉店するみせにあは。2お万円で売れといって。4倍でうった。

ただ、全部アダルトだお。洋画、邦画はDVD化だし、中古使用がダメってこおともあったから。

アダルトをどう高くするのかは。もう、古本的なめききといわざるをえない。

ただ、それが著作権かんけいなくDVDになったいまはべつだ。

逆に、洋画邦画は全てがDVDになっているわけではないし。

限定発売で流通していないのもある。

ああ。なんでこれやめたのか。妙にいやなヤフオクの落札者のせいかな。


大丈夫じゃないか。

古くも。新しくも。見てなくても。発売されている映画は暗記してる。

だったら。利益が230円でもできるはずだ。

中古店内を10分で 目利き できるってのを。くだらない能力だと思ってた。

来週から動くの。しずしずと動くの。
"4">
| ブログ | COM(4) | | TB(0) | |
2011-12-16 (Fri)


うう。田舎の親戚はやだお。

お歳暮とかゆって。「運べ」って。

30K×5。→三階。

姉が持っていくって30K×2.→一階。

今日はおばの家に持っていくといって・・・直送しろよ!

なので。今日は北島三郎叔母さんの家に。うん。80歳だけど元気ね。

「んあだばまっとまっと、こづかいあげっからっしゃあ、こっちさこらいん」

ここは不思議だ。うん。仙台は田舎だけど。あんまり訛っている人は(イントネーションのぞく)いないのだけれど。なんでここまで意味不明なのか。しかも洋服は。どこに行っても入手できないような。マタギのような格好で。

ここは不思議なうちで。姑が恐ろしく長く生きたのだが。伯父つか、三郎の旦那は小柄で大人しそうだけれど。

「お酒さえ呑まなければいい人なんだけど」とオレのようなことを言われており。

一人息子がややだめっぽかった。小柄で内気で、話しないとか。

「家庭教師してくれ」つわけだ。いや、そんならもっとレベルが上の大学生に頼んだほうがいいお。

「いや、ぜひ、S高に入りたいから」

つか、S高ってオレが出た高校だから。志が低くね?まあ、格安でやったけど。

合格して。しらんうちに国立大に合格してた。

数年して。なんかオレが実家に帰っている時に思いつめたような顔で母親と来た。

教師になるための教育大学なんだけど。どうも実習でいじめられたようで。もう、卒業したくねーもんと。

いや、それわ、オリにゆわれてもわかんねもんと、ゆったけど。

「いや、いちおう、昔は、勉強も教えてもらったし」と三郎はゆい。彼は黙ったまま斜め下を見ていた。

「せっかく教員免許取ったんだから・・・」とか母言うが。オリもなんか言わねばならんような感じで。

「教師にならなきゃいんじゃない」

みんなコーヒー噴いた。が。

本人は、急に嬉しそうな顔になって帰っていったのだ。今も奥さんの家から外出は許されないようだけど。結婚できて働いているのはエライな。親戚ランキング10位にはいるな。





さて。オレは政治記事とか社会記事とか書かないようにしてるんだけど。範疇にはいってしまうのもある。


原発問題を書く人も多いけれど。反対反対!は普通か。確かに賛成である理屈がないからな。

でも。基本的にいらねーけど。芸能界で反核とか主張すると干されるって。前からそうだったか?
教科書でも「原発推進派が一方的に原発を~」とかを修正せよとか。

実は、こういうかんじで原発推進派に反対!とかいうのではなく。とても意地が悪いので。いろいろ思うわけだ。

東電は加害者でとてもわるい!国民はみんな被害者、騙された!という論調が多いのだが。

確かに東電(いずれは電力会社)はかなりの利益を得ていたわけだから、この結果に対して、とことん賠償をするべきなのはあきあらかだけれど。

オリたちはみんな被害者なのか?なんか。こういう場合に。一気に誰もが被害者側にいかないか?

本は沢山よんだけれど。実際のことはわからない。戦争とか。
「戦争は絶対にしてはいけません」という経験世代の人には敬意を払うけど。
「いや、別にオリたちはしてねえし、しようとも思ってねえし。つか。あんたらの世代が戦争したんじゃね?」とも思う。
「一部の軍部が悪かった」「憲兵が」。GHQはすべてを処刑してないじゃない?じゃあ残りの軍国主義の連中はどこに溶けたのか?ってことだおね。突然、民主主義OKとか。絶対に親戚親兄弟など。見て見ぬふりしたとおもう。いじめてなくても黙って観ていれば罪はあると思う。


そんなわけで。オリは原発初期は投票権なかったけれど。でも渦中ではあった。

科学や理科に詳しくない。おれ難しいことわかんね。という人でも。

1、放射性物質は生き物に致命的な被害を与える。

2、原発は、放射性物質を使用するから施設より洩れたら命にかかわる。

3、放射性物質は今の生命体レベルでは消せない。

4、機械はいつか壊れる。

5、人は必ずミスをする。

6、放射性廃棄物処理は現段階の人類ではできない。


ねこでもわかる。これだけで。もう原発ってのは。いつか死ぬもんだ。

これって。みんなわかってたじゃない?オレもだけど。

これを先送り、先送りしてたのが今になってる。全員が被害者かな。

確かに、以前から「原発反対」運動の人はいて。今はもう「ほら見ろ!」的かもしらないけど。
今は、正しかったと認めましょう。ややほめてはあげるけど。

でもオリは。娘に、自分の世代が何をやってきたのか?と問われたときに。

「原発推進派や東電に騙されて被害にあったのだ」とはゆえない。

安易に、不用意に、だらだらと危険な発電を享受してきたために。
アンタたちには。もう綺麗にはできない。汚れた国土しか残せません。

と、謝罪すんのがほんとうじゃないかと。すくなくとも。他人のせいで。オレは悪くね。とはゆえない。



「ひかり」消したので明日書くか。

ま、オリのところは賛否はあんまりこないけど。ははは。
太陽光発電って。もう救世主のようにいわれているけど。
ダメじゃね?10年後に。泣くんじゃね?というお話。

| ブログ | COM(6) | | TB(0) | |
2011-12-14 (Wed)


結婚したときに部屋を借りた。

堂々と、すきな女性と住むというのは嬉しい事で。

何処にへやを借りるか。彼女と探した。

普通は。新しくておしゃれな部屋をかりるのだろうけど。

当時は、普通だと思っていたけれど。

小さい頃に育ったような家で。生活をしてみたいということ。

それは彼女も同じようで。
ある街の不動産屋をたずねた。

そこは、オリが中学のときに塾に通った場所で。なんだか。
ずっと変わっていなかったのだ。

いまでもそうだろうが。ダルマ屋さんとか。まねき猫屋さんとか。

昔からの職人さんの家が多いのだ。

スーパーもあったけれど。

魚屋さん。八百屋さん。肉やさんも。みんな利用して健在だったし。


なのでその地区のかなり古い不動産屋に行った。

普通ならば。ちかくの地下鉄駅の不動産屋にいけば、近代的で広い範囲を紹介してもらえただろうが。

オリらがいったのは。かたむきかけた。こげ茶色の不動産屋だった。

建物は。すべて木材で。トタン屋根にはいくつもの石が乗っており。

二階もあるのだけれど。窓には細かい木材の格子があって。全体に黒いのは。そもそも雨避けにコールタールを塗っているのではないか?とか。大正時代前なのかもしれないし。
通りのいろいろなお店も。そういった古い建物だった。

大学時代にずっとバイトしていた百貨店の発送センターがあったので。昔から歩いていたこともあった。

不動産屋の人は、スーツとはいえなく。背広をきた爺さんがあらわれた。
はげてはいないが、髪は白く、もうもうと生えた眉毛も真っ白だった。

一度目は、やや離れた古い一軒屋だった。


「アダスはもう77じゃからコワイ(疲れる)から鍵、やるけん、あんたら見てきてや」

そこは、小さいど古い屋敷で。入り口は八手の木に覆われて。

カラカラと玄関を開けると正面に畳み部屋があって、右手に狭い廊下がある。

狭いけれど。ミシンとか。猫が似合いそうな廊下。

ただ風呂場を観たらば。浴槽とかは文句ないけど。

風呂場の床がコンクリで。奥が暗かったから。

「これは、うさぎむし、でるおね?」ということでやめた。


次は不動産屋から見える神社や寺の横にある四階建てマンション。けどスゲー古い。

「ああ、あそこはエレベーターもないから、鍵あげるから二人で見てきてくんなさい」

とまたジイサンは鍵を預けて店の奥の回転椅子にゆっくりと座るの。

けっこう古くて急な四回建てを登り。鉄の扉を開けると。

8畳くらいの板の間。うんとフローリングとかなじゃなくて、板の間。あと六畳の日陰の畳み。

トイレ、風呂は別だけど。やっぱ板の間で灯りは、裸電球の赤さ。

お互い一致で決めてしまった。裏の窓を開けたら墓場だったけど。いいもん、てな。

オリが転勤して、妻が会社をやめるまで、そこに住んだ。わるいおもいではない。



本当に時が経つのははやいもので。それから何年たったかわすれていた。

その商店街を、震災後に通った。わざと。

だって、お正月のお飾りとかを、土間に並べて売っているような古い家がどうなん?

みんな無事に見えた。いや、地盤の固さもあるのだけれど。江戸時代とかの建物はすごいな。

昔は奥さん失格と言われた。店先で炭火でカレイを焼いている魚屋。


かわってないねえ


休みの夕暮れに、そういった魚屋とか八百屋とか、てくてくまわったものだった。

例の、ジイサン不動産屋の手前で渋滞。

「え!まだ、ここの不動産屋あるんだあ」


「大家さんが家の近所の人だっていったけど。まだどうこうした話は聞かない」


「さすが次の世代にうつってるんだろうなあ」

斜めにひしゃげたガラス戸があいて。

長髪だけれど白髪で、かなり皺皺で背が低く、まゆげだけは異常に白髪が伸びているジイサンが。

引き戸を開けて出てきた。袖も、裾も短い背広。全身がやや震えているのだけれど。

大事に。大事に。

ジイサンは、引き戸を開けて。横の路地に入って行く。

目をうたがった。


「なんか、震えながら、ランチボックスを大事そうにしてたね」

「うん、前からランチボックスはもってたけど」


車がすすんだ。

「へんかな?」

「へんでしょう!」

紹介してもらった当時オレは24歳で。じいさんは77歳ね?ま他人鑑定では70歳とすっか。


どう計算しても。あれから30年はたっているわけだ。

計算のあとでオリは思考した。

仮に当時70歳だとしても。30年なら100歳でしょ?本人申告だと107歳だ。

人によってはあっかもだけど、100歳でランチボックス持って仕事いかないじゃない?とか。

「まだ元気なんだ」と妻は言ったが。

お互いに、あからかに変だとは思っていた。

大きなカーブを曲がるとき。

オリと妻が住んでいた、古いマンションのその部屋は。やや赤みがかった灯りがともっており。

「再生されてんのかな?」と妻。

「なにが?」

「そのひとが経験したことを。目撃した人にたいして。昔の映像が何度も繰り返し流れるのかもしれない」

「てことはあれは幽霊?」

「そうじゃなくて、幻覚のようなものかな」

「んじゃあ、あの昔住んでいたマンションの窓には、オリとあんたが居るんだろうか」

「そうかもしれない」

県外に仕事にいっていたオリは。

夜以外にはめったに家に帰れなかったけれど。

控えめにビールを呑みながら。妻と並んで。そのベランダから夕日をみたことがあって。

「しやわせであるだろう」と将来のことを思った。

たしかに。そんなふたりが。窓から夕日を見ていたような気もした。

「それじゃあ、これまでのいろいろなことが。その場では再現されているのかな?」

「・・・・・・・・・」

妻は寝てしまったようで。


いろいろなオリがあちこちで再現されているのかな。


狭いパブで、いつも咥えタバコのオリと妻が。お互いに、やや嫌悪感を持って会ったあの日。

無職なのにやけにでかいことを言って。黙って聞いている妻。

根拠もないのに。自信満々で仕事をした時期。

不思議な強い向かい風で。どうしても5階のベランダを越えられなかったとき。

よいときも。わるいときも。


オリや家族は。



いつか滞在したその場所で。何度もリプレイしているのかもしれない。

車を車庫に入れて。はあっと一息つくと。

あたりはもう暗く。助手席に妻の姿はなかった。

ああ。となり近所数件に挨拶にいったのだろう。

家に入って電灯をつける。

闇。

あれ?ブレーカー?

携帯に着信。

「くまきち」

う、くまきちの存在を忘れておったなあ。

「いまいい?」

「ああ、いいお」

「I区の住民票が欲しいの」

「んじゃあ、いま、おかーさんと一緒にI区にいるから明日取って来るわ」

「え?おかーさんそっちににはいないでしょ?」

「なにが?」

「だってさっき電話したら、九州にいたもん」

「え?」

「つか、おとーさんだって。I区にはいないでしょ?だって婆ちゃんの電話したら部屋で寝てるっていったもん」


飛び起きたけれど。真っ暗で。時刻は21時を越えており。

携帯の着信履歴は0でした。


きっとオリは。

何度も何度もリプレイを見るのだとおもう。


























| ブログ | COM(8) | | TB(0) | |
2011-12-10 (Sat)


今日は、はやく起きたので。

ま、描きかけの絵でもと思ったが。

フェルメール見て、すぐに絵なんか描くきもせず。

なんか母親の、知り合いの会社の送るカップラーメン40個を買いに。

ネットでぱぱっと買って直送すればいいのに。

家に持ち帰って箱につめて発送とか。いくらいってもわからず。

COOPは満員で駐車場は20分待ち。

どうも車の左後輪から、回転するたびに「べたんべたん」と音がするのだけれど。

何度観てもパンクしてないし。なんもない。はげしくいらだつ。

つことで。今日は。久々にしょうちゃんのところへ。

光のページェントとか。くだらないのは観たくないけど。

通らねばいけないからなあ。

なんかほんとに車すてたくなったなあ。

自分の用ではつかわないし。

あれこれたのまれるばかりなのに。

洗車、車検、自動車税になると。「あんたの車でしょ」つー雰囲気だもんなあ。

でもあと10年くらいかな。

70過ぎて運転する自信はないかも。

うう。
| ブログ | COM(4) | | TB(0) | |
2011-12-10 (Sat)


ま、クマキチからの手紙を大公開するわけにもいかないのでいくつか。

東京や大阪のそれなりの大学に入れば、首都圏や関西での就職を探すだろう。

じゃあ、東北大学や、東北の地元のFランというわれる大学はどうか。

なるべくは故郷に帰って就職を考える例が多いようだ。

仙台で優良企業と言えば。東北電力、各地元テレビ局、ラジオ、地方新聞、有力地方銀行だろうが、こういった業種はほぼ、Uターンした六大学とかが殺到するので。東北の私立大では受験もできないだろうなあ。

だからオレの大学時代は。地元の百貨店、スーパー、信用金庫、メーカー販売代理店に入れれば、いわゆる上等な方だろう。

娘は学部が海外にどうたらこうたらの学部なので。ほぼ皆留学する。むろんただではないから希望国によって費用は変わるようで。
一般的には、アメリカやイギリス、ドイツとかヨーロッパが多いのだけれど。

クマキチは。東南アジアの。通常は旅行でもいかないようなところに申し込んだ。

奨学金でまかなうらしいが。成績はかなり良いので。ほぼ決まりだと。

かわってんなあ、と妻と話。若い人なら、スキルは別にしても歴史のあるヨーロッパとかが多いのにな、と。

はっきり言って、もどってきても報酬の高い仕事には縁がないように思える。

まあ、いんじゃね、と。社会ではすぐに高収入に結びつく安定した路線と。そうでない路線にあえて踏み込む人もいる。

情勢も不安で、年間に自然災害で多くの人が死ぬらしいけれど。

今回、地元の宮城にこもっていても。あっさり死んじゃった若い人だって多い。

彼氏はもう関東の銀行に就職したようで。

普通ならば、関東に就職して彼氏と付き合いを続けるという方向なのだろうケド。

それをあえて期間無視で辺境へ飛ぶ決心をしたことに拍手をしたい。

ま、彼氏とは、遠距離だから。くだらない云々で心を痛めることも多いだろうが。それに関しては、経験者からああだこうだではなく。身をもって自分で体験、解決するべきものだからね。

実は彼氏いますって件は。最後にぽつんと書いてあって。

母に聞いたら。

「あれ?知らないの?ウチでGWに二人で夕飯食べていったけど」

「あんたんちにも行ったでしょ?」

「え?トモダチが外で待ってるからって荷物とりにきたけど」

「ああ、それが彼氏よ」

「つかなんでオレにはいわないのだ」

「なんか(お父さんショックうけるから)って」

ショックなんてうけねーっての。

ま、「クマキチの父です娘をよろしくね、ははは」なんてはゆわないよ

この先、多くの男女がクマキチの前を通り過ぎるだろうから。いちいち会う気もないし。

母「そういえば言ってたね、アタシもほんとそう思ったけど」

オレ「なんて」

母「お父さんに似ているんだって」

自らの紫煙が鼻に入って。

少しだけ咳き込んだりした。
| ブログ | COM(8) | | TB(0) | |
2011-12-09 (Fri)


あるいて行こうとも思った。

子供の頃は、よく野球の為にその川を渡ったグランドに行った。

けれども。頭の中で行程を想像すると。なんだか途中で疲れ果てるような気もして。

車で行って。五分後到着。つか歩いてもこれた?

お昼時で平日だからというのが甘くて。駐車場は。ぐじゃぐじゃ。

でも案内警備員の人は軽快に車をさばいて。ラインとは関係ない空き地につぎつぎ駐車させ。

待たないで入れたお。

こんなに近いのに宮城県立美術館は初めて。

できた頃にオレは福島に転勤しており。

美術館にいくなら寝てたほうがいいもんという人になっており。

チケットはあまりまたずに買えて。

でも。凄い人。

うん。フェルメールからのラブレター展。

オレはフェルメールは知らない。ターバンを巻く少女、が。死んだ義妹に似てるので。

いいなと思ったくらいで。

オランダの17世紀のミレニズムとかいう時代のがいろいろ。

CGかと思った。光る感じや奥行きの遠近法や細かい書き込み。

そうだおね。けっこう前のスーパーリアリズムとがCGの光源云々はこゆのを参考に始めたんだろうな。

なんか3Dにみえるのね。

解説は面倒なので読まなかった。(またなきゃないし)
本当は、こういう絵は音声解説(器具貸し出し)とかで中のストーリーを聞いた方が面白いのか、と思ったのは出る頃で。

シュール系の絵ばかり見てたオレは。解説を読んでもわけがわからず。

あるとき作家はわすれたけど。

「この作家は解説を嫌う」というのを読んで。理由が。

「絵は観るもので語るものではない」とかいうので。あ、そうか。
ただ観ればいいのねっと。解説は読まないで自分の目で観るだけにしてたからだ。

オレが絵をどう思ったかは。誰も興味がないだろうけど。

フェルメールの三点だけが。ちがう感じ。他は、けっこう早いシャッタースピードで撮りました的なくっっきりかんで。フェルメールはやや。露出を長くして、ふんわりした感じかな。(カメラはくわしくないけどね)

あとは視線かな。斜め下に何があるのかとか。召し使いは窓の外を見ているとか。

残念ながら。メインの「青衣の女」は。ウルトラマリンブルーとか書かれてたけれど。
解説を読む前だと。人垣から「青衣」だけ浮き上がって。
「オリが昨日の夜に水色塗りました!」つ感じ。
ようやく前に出ると。手前と後ろにある椅子はくっきり書き込んであるけど。人物にはピントがあって無い訳で。オレには、わからなかった。しかたないおね。

人のいない常設コレクションに行く。じつはこれも目的で。クレーとカンディンスキーがあるはずだから。

でも。

「クレーとカンディンスキーは1月に特集ヤルから。あるけど見せないもんね。けけ」と書いてあったので落胆。

日本人の洋画家もかなり面白かった。本と同じだな。
すてきなモノがいっぱいあるのに、観きれないうちにこの世をさるのだお。

暑いのでダウンを持っていただけで、もう筋肉痛。タバコを吸いたいので。家近くのCOOPに。
隠れたオアシス。ドトールコーヒーの喫煙席。

Lサイズコーヒーでタバコをくわえて。うん。今日は金だったなと。

金色と銀色にもろ見える部分が。どう描かれているのか。近くで見る。
やや黄色に、黒、光は白か。銀は。白と、黒と、ベージュも入っている。
ただ観てると。1600年代に。金と銀という絵の具があったように思えたり。
つか、今はそういう反則業みたいな絵の具があるのかどうかは。しらない。

いずれにせよ。オレのなかでは。色紙に二枚入っている金と銀が基本であって。
仏壇の金でもなく。マグマ大使の金でもなく。
初めてカラーで観て期待した黄金バットは黄色だった。唯一金閣寺の金は。近いと思ったけれど。

金色のバケツと鍋?が描いてあり。それは遠目から観ても金色だったなあ。

うん。オレは絵描きじゃないから。技法を考えてもしかたないけど。

今度はエズプレッソを買って来て。

まあ、もう一回よまなければならないなと。銀の手紙。

ながながと書いてようやく、ぐるんと戻るけど。

週末にかかるし。混むから。
そんで、そして人混みに入ると、冷や汗が出てくらくらするから。
ま、フェルメールは見なくてもいいやと決めており。

今朝。ある手紙を受け取って読んだら。

ま、オレは後ろ向きでもいいよと。今、やりたいことやるか?動くか?ということで。考えたのが美術館。

例によって、オレは唯一の仕事であるゴミだしがあって。寝る寝ないのハザマでいろいろあったけど。
寝ないで8:00を迎えた。ゴミをだして。何気なく郵便受けを開けると。

チラシと、銀の手紙がこぼれ出た。
うん。銀というのは嘘で。ステンレスの郵便受けに朝日が反射して、銀に見えただけで。
茶色の小さな封筒だった。

裏を見ると、娘のクマキチの名前があって。

ああ、婆ちゃん(母)宛かと思う。

よく手紙を書く娘だからね。うん。オレにはない。
クッキーとか共に。メモで。
「これは、誕生日と父の日と、クリスマスを兼ねたものだお」とかメモがはいってる。そんなもんだ。

別にいがみ合っているわけでなく。車で雑談もするし。普通に話すけれど。
大人としての真剣な話はしないまま。それでいいだろうと。
自分にはそういう資格もないしね。といったスタンスだ。

封書は。オレ宛だった。

細かい字で便箋に三枚。



オレだけが立ち止まっていた。






※奴はこれを読んでそううなので。クレームきたら続きは書きません。
ま、ここまでなら個人情報とかじゃないもんな。
無論本人には別途返事を書きますけどね。



| ブログ | COM(4) | | TB(0) | |
2011-12-07 (Wed)


ネズミの単位は、「匹」だおね。一匹とか二匹とか。

ウサギは。「羽」なのね。

確か仏教で鳥以外は食べてはダメで、ウサギを鳥の仲間にして「羽」と言われたとか。

直球の質問だ!

猫の単位はなんだ!

「匹!」と思った人。

半分だけ正解だ。



状態によって違うのが真実。

歩いていたり。ぼんやり座っていたりするときは。

「匹」なの。

ただし。

「炬燵及びそれに類似した暖房器具によって、体形が丸くなった場合は」

と法律で定められているのだけれど。


この場合には、「個」になるのだという。

丸くなって寝ている場合が現在は「個」と認められているらしい。

モトモトは。

豊臣秀吉が。そうとうな猫好きだったことは皆しっているだろうけれど。

寝る寸前に。

「ねこ三個」と言うのは有名な話だけれども。

これは、丸まって暖まった猫三個ということで。

布団に大の字になって。左脇に猫一個。右脇に猫一個。重いけど胸の上に一個。


足に置かないのは、武士としてすぐに立てないとまずいとの判断。

そこに掛け布団をかけるのが。

武士の正式な就寝だったのだ。

最近は、うぃきでも書かれなくなったな。圧力かね。


うん。もうひとつだけ。

これは裏のほうから貰った情報で。オリは機会がないのでできてない。

三毛猫六万円ってしらない?

やっぱやばいのでこの話はしないもんね。









さすがに。もう寝る。
| しょうもない話 | COM(6) | | TB(0) | |
2011-12-06 (Tue)


結局一睡もしないで14:00にM宅へ。

Mの母親を病院へ送って行く。Mは既に出勤後。

病院着。何故かMが現れ。

「あれ、なんでここにいんの?」

「会社近くで、これから多賀城に行くとこなんだ、車見えたから」

現地集合らしく、早い時は5:30に家をで。遅くとも7:00前には出るようだけど。

翌朝残るとまずいということで。遅い時間までは呑まない。23:00には寝る。

夕方からビールを呑んでいたダーツバー時代と比べて。やけに元気そうだった。

10年ちかく自営業をして。この年で。震災直後の時期に。正社員であるのは。たいしたもんだと思った。

ハイエースに木材をぎっしり積んで多賀城に向かったのを見送ると。

ふと大学1年のころを思い出した。

彼は同じ大学だったけれど。二部。つまり夜間だった。授業料を稼がなければいけないから。

二部は。二年生から三年生に上がる段階で昼間の一部に移転できる。むろん試験があるけど。

Mは二年間、昼間働いて四年分の金をためて一部へ転部する気だった。

けれど。それは難しい。単に一部に不合格になって二部の試験に受かって入学した人も多数いて。

彼らは昼間は遊んでいて夜の学校にいく。皆が転部を狙っているが。その頃は数百人受けて一人か二人しか転部できなかったようで。

Mはレタリングが好きだったので。看板屋に勤めた。でも書くよりは取り付けと撤去が多い訳で。

彼はハイエースを運転して毎日オレの家にきた。

オレは、もう講義をさぼって寝ている日がつづき。

部屋の窓の鍵はいつも開けて。出入り自由にしていたので。

「学校だ!おきろ!」とMに起こされる。

いやいや起きて、バッグを持って。車に乗る。

学校じゃなくて。シティホテルめぐり。

「●●10執念記念パーティー」とかいう看板を。付けたり外したり。

終わってから大学まで送ってもらい。なんとか午後の講義はOK。

五月の青空の下で。音質の悪いカーステレオ。高中正義は。悪くはなかった。

その後。Mは深夜のバイトも始めたようで。あまり会う機会えがなくなっていた。

三年生になる前。知り合いや同級生で二部にいっっていた連中は。ほぼ中退していた。

やっぱりオレもバイトをしていてわかったけれど。求められている労働をしたあとで。夜に勉強するのはキツイってことだ。少なくとも転部試験に受かる学力は身につけられない。と皆言っていた。

三年生の4月。新しい履修届けをだすのだが。

涼しい顔をして。「よ!」とMは言ったわけで。

「今日から俺は昼間の学生だ」

「つか、何人受かったの?」

「それは知らない。でも一番なら絶対受かるだろ?だから満点取ったの」

話はぐるっと戻って。

その時は今日と同じことを思った。けっこうすごくねえか?こいつ。と。

でも学生時代は。その後酒と女に溺れて。

Mの母親からはガソリン代としてお金を貰ってしまった。

無駄にならないように。お酒を買おうと思っている。

その後COOPで買い物、何がいるか思い出せなく。お握り三個買った。TUTAYAに返却して(これ書かないと忘れるから)また借りて。

ああ、その後はまたわからない。

子猫が道に寝てたので。ブレーキを踏んだけど。

あ、そうだ。胃に優しい食べ物として。

ポテトチップスを買ったけど。選択が間違ってたかもしれない。

うん。すまん。

純粋日記はかけないわ。はは。
| ただの日記 | COM(2) | | TB(0) | |
2011-12-06 (Tue)


けっこう愚痴になるので嫌な方はスルーしてね。

始まりはセブンスターだった。

久しぶりのヤフオク出品に数時間かかっており。

タバコがなくなりそうだった。

でも今きれそうなのは昨日買ったものだし、一昨日の夜に2箱かったから。1箱はあるはず。

でもリビングまで探しても見つからず。

24時間で3箱吸うはずもないのだけれど。ないモノはない。

そうなると。このタバコを買ったのが本当に昨日だったのか、わからなくなり。

なんというか。

ここ最近の記憶がなくなってしまった。

昨日の日中は母親の用時で車を出した。届け物をいた後で三越に送っていったはずだが。

運転した記憶がまったくない。もしかしたらそれは数日前だったのかもしれない。

たしか翌日に母が入院するということだったけれど。

そもそも今現在、母は寝室で寝ているのか?既に入院しているのか?

現状を認識するための何かがこわれたような。

妻が遠くに行ったのはいつだっただろうか。

娘と会ったのはいつだっただろう。

もしかすると。

自分は恐ろしく長い年月を。この家で。一人暮らしてきたのではないのか?

なんだか冷や汗が出た。

落ち着いて。時間の近いほうから考えた。

酔ってはいないか?酔ってはいない。何故なら胃が痛くてほとんど呑めなかったから。

そうだ。夕食に「おでん」を二片ばかりたべ、胃が痛くて食事を中止した。

我慢して酒を少しのんだが良くはならず。胃薬と喘息の薬をのんだが。

気分が悪くなって全部リバースしてしまったのだった。かろうじて部屋は汚れず。

睡眠薬も飲めないので眠れずにヤフオクをやっていたらタバコが切れたのだった。

ヤフオクの出品を確かめると。12月6日。日が替わってすぐくらい。

今日は6日なのだろうが、自分の記憶と合わない。

自分のブログを読めばわかると思ったが。メンテナンス中。

部屋の中を見回すと。新しい2.7リットルのウイスキーがある。

それは街の北にある量販店でないと買えないのだが。

買った覚えがない。しかしオレ以外に買う人間はいない。

本当は、6日午後にMの母親を病院に送っていった帰りに買うつもりだった。

サイフを確認。千円札が二枚。記憶より増えていた。

記憶では4日の夜遅くにコンビニでタバコ2個とジュースやお茶を買って。百円玉数枚しかのこらなかたので。焼き鳥は買えなかったのだ。

5日に買った記憶のあるタバコのレシートはなかったが。

固定資産税二期分を支払った。五万弱の領収証には。

セブンイレブンのスタンプと。5日という日付が入っていた。

他には。二月に一度、、計測するアパート各部屋の水道料のノートには。

5日の日付でオレの字が書かれていた。

8:00にアメブロを読んで解決!だったらよかったけど。

実際は、7:00前に起きた、母から説明を受けた。でも人事のようだったが。

変に思われるので。思い出したフリをした。

5日にオレは午後から母の友人宅へと行き。途中のセブンイレブンで母から5万を借りて支払い。
その、後三越に送って行き。帰りに酒を買ったようなのだ。

じゃあ、思い出してよかったねというわけでもなく。

今もわからないことが多い。部分では覚えていても。時系列が狂っている。

誰にも言えないので。ここで書くしかないの。

母や姉に本気で話せば、病院へ行けってなるし。

通っている精神科で相談すれば。薬やら入院やらで。良くない方向に行くように思え。

なので。読んでもらうための記事とは別に。

自分用の記憶日記をこのブログで書くことにした。
| 駄目なやつ | COM(4) | | TB(0) | |
2011-12-05 (Mon)


前にもちょっと書いたけど。もう時効なので詳しく書くか。

頼子は家のアパートの二階の一室におり。

入居した当初の子供は、小学生の姉と弟だった。

父親はおらず。母親が、それなりの教育出版で働いていた。契約かもしれないけど。

月日はたって。

「家賃が滞っているんだよね」と母が言う。

オレは、当時、となりの県に住んでいたから詳しい事はわからず。

「不動産屋に立ち退いてくれっていいなよ」といったのだが。

数年後。実家にオレが帰ったときには。二年家賃を溜めて。子供もいなくて一人で住んでいた。

「んじゃあ、保証人の会社に請求すればいいじゃない」と契約書を見たらば。

最初の二年の契約書しかない。

なんで?更新しないと意味がないじゃん?

「いままでこういうことはなかったから」

よく話を聞いたらば。

頼子の子供はいつのまにか家から出て。彼女が一人で住んでいると。

そんで、お勤めは以前の会社ではなくて。

「ぼったくりバーの客引き」をしていると。

しえー!それって職業ぢゃないでしょ!みたいなかんじ。

くわしく聞けば。

夕方に出て行って。朝方に帰る。その後飲酒。寝る。起きたら仕事。仕事中も街角で立って呑む。

吐血したのか、下血したのか。ドアの前に血があって。母が強制開錠して。血の海の中の頼子を発見。救急車ということが二回あったようだ。

本人曰く。客引きの会社では。毎月相当な金額を天引きされている。その分はもう一千万円を超えているので、やめればいつでももらえる。それで清算する。

オレが会った時はそういったけど。これって。もう何も言えないでしょ?

けど、こういうことを周囲に言ってるらしく。

北海道の実家から手紙がうちにきた。

もう、手紙ってより。密書か?つうくらいの筒状なの。

内用は、表現できない。ほぼ意味不明だから。なんとか読み取ってみると。

「娘が世話になったありがと。で、娘の貯めた1000万円が「ぼったくりバー」の人が持ってるようだけど。それ、取って来て送ってくれよ。お礼に1000円あげるから」

絶句したお。

本人が依頼したのか。「ぼったくりバー」の社長というひとからけっこう電話があったらしく。

無論、893関係にきまってるのだけれど。

「一応、うちではちゃんと給料出して、先に家賃払うようにはいってるのですけどね。どうも飲んじゃうようですねえ。次回は厳しくいいますから」

そもそも「ぼったくりバー」ってのは違法であって。かかわってはいけない。

次に電話がきたときはオレにかわってもらった。

「ええと、頼子さんの保証する意思はないんですよね?」

「ああ、もちろん他人だしね」

「では、もう家に電話や連絡はしないでください。そちらになにか請求することはないですから」

「ああ、ものわかりいいですね。じゃあそうします」

当時、頼子はむちゃくっちゃだった。なんとか体力がある時は仕事にいっていたけれど。

ずっと往来で立っているのだ。(みたことないから裏通りだとおもうけど)

けっこうな回数で。目が開かないくらいに腫れて黒ずんでいた。

ぼったくりバーに騙されて損した男が殴った、とも行っていたが。雇い主が頻繁にやっているのかもしれず。

例の北海道の母親が突然家にきて。泊めてくれといったようだけど。母は断ったらしい。なんとか、孫の家にいったらしく。このバアサンの目的は、無論、娘がいうところの一千万円の貯金だ。


頼子はまた救急車で運ばれたのだが。全ての病院で。支払いができないといって拒否されて。

O病院だけが。2泊限定で受け入れてくれた。むろん2泊ですむものではないし。

オレが車を出して、母と一緒に迎えにいった。

それからは三食。母が作って持っていくという状態。

だってアパート内で死人がでるのはまずいからという理由だけど。昔のひとだから関係ないのかもね。


数日後。市の人と民生委員がきて、確認後の手配。これがないと、金持ってない人は医療を受けられないからね。

生活保護が決定。オリの家のアパートは保護価格より高かったので引越し。

ただし、引越しまではやや期間が開いて。

頼子が強制入院されているTF病院へ、御菓子とかを持って母とたずねた。

頼子は、なんだか呆けたように口を開いたまま。「ああ」「ええ」とだけ言っており。

「みんなのサロン」と看板が掲げられている。病院のしょぼい食堂のような場所には。

「わたしは絶対おさけをのみません!」

「二度とお酒をのまないことをちかいます!」

そんな貼り紙がびっしりと書いてあって。

本当のところ。数日前に。妻が精神科にオリのけんでいったさいに。「アル中だから、TF病院に入院させたほうがいい」といわれていたこと思い出して。

なんだか冷や汗がでた。

ところが、この病院は、入院してしばらく経つと。二泊三日の外泊を薦める。

そんなわけで頼子はいったん帰ってきて挨拶にもきた。

翌日。

電話も通じないので。部屋を開けると。

酒や焼酎の瓶が散乱したなかに。本人は意識不明。

その後、引越しも役所の人なのかいつのまにか終わっており。

役所の方によれば。

生活保護で可能な借家に引越しをしうたけれども。今も入院中。
医療費も生活保護でなんとかなるけれども。
半年くらいですね。と。

「え?何が半年なんすか?」

「詳しくは言えませんが。もう数ヶ月で死ぬそうです」


この女は。なんか悪かったのかな、と。


そんなに悪くはなかったような。うん、迷惑ではあったけど。

生まれてから、死ぬまで。

他人が非難するほどではないような気がして。












| 過去の話 | COM(6) | | TB(0) | |
2011-12-03 (Sat)


ちと。

ペタが返せないので閉めます。

なんだか。毎日。下を向いて生きてます。

ネガ記事を書くのもいやなんで。

そのうち、ポジになったら。

つか、それは明日かもしれないけど。

まあ、一つだけいえることは。

猫ほしーな、と。

うん。本当は嫌いなんだけどね。
| ブログ | COM(4) | | TB(0) | |
2011-12-01 (Thu)


ども。らこです。今日は。早起きした。うん。16時。

けっこう。絶望してます。もう。誰とも暮らせません。はは。




先日、泉区の妻宅の隣の奥さんの旦那さんが。(のを多くしてみますた)

急死したので葬儀にはオリがいくことになった。

オリの実家から一番近いお寺だったからだ。

オリが乗るバス停の名前にもなっているほどの有名な国宝を持つ寺だ。

お経をあげている住職を見ていると。

やっぱりかわったよな、と思え。


十年ほど前に。伯父が死んだときに。ここにお墓をとっていたので。当然葬儀も、ここになって。

オレが伯父宅で受付をしていたらば、読経を終えた住職が。

「受付ごくろうさまでございます」とオレたちに手を合わせた。

なんか細かい気遣いができる住職だなあとおもったけれど。

翌日、オレが火葬場に住職を送り届けることになって。

「ん、まあこの車ならぎりぎりOKね」

??

「だって昨日はね、軽自動車の2ドアだから助手席倒して後ろの乗ったのよ?非常識でしょ?」

そういわれればそうかもしれないと思って。一応謝っておいた。

ところが火葬場ってのは普段はいかないわけで。

伊坂幸太郎とかの小説に出てくる郊外の巨大墓地のてっぺんにあるのだが。

道を間違って迷った。

「ちょっと!もう間に合わないじゃないのよ!これって、あんたのせいだからね!あたしは悪く無いから」

火葬する前には読経が必要なので。火葬の予約の時間を過ぎてもみんなまっていた。

「あたしのせいじゃないから!この人!道知らないくせに勝手に走ったのよね!聞いてくれれば教えたのに」

こわばった顔の葬儀社の人は。オレを含めた親族全員に謝罪するようにいったので。

みなで頭を下げた。

「まあ、今回は多めにみるわ」


そして、お寺までお送りするわけだけど。実はお迎えのときから、?とおもっており。

普通はお寺だと山門があって、その手前に駐車場があって。そこに停めて、「お迎えにきました」ってゆうでしょ?

ところが、山門から中に入って、自分らが住んでいる家屋の玄関口。しかも雨だとまずいから、玄関の屋根の下ぎりぎりに停めてから。「お迎えにきました」としてくれ。

そういわれたの。

で。住まいは山門を入ってすぐ右だから。バックして玄関につければいいか?と思ったら。

順路があるんだお。

左周りで、国宝の三重塔まで行って。車を降りて礼拝。

バックして石灯籠の前で車を降りて礼拝。

そこから右回りで母屋に向かって。

左にある仏像に礼拝。

いやがらせか!というかんじ。

そして玄関前につけると。

「ありがとうぞんじます」と住職は薄笑いを浮かべるの。

「アタシも、アナタも、まったく変わってないですねえ、くくく」


家に帰ってうんと考えた。だって知らないんだもん。そんな坊さん。

なんだか、いやな記憶のような気がした。

そういえば。葬儀が終わって、すれちがっと時に。住職は。

「ワンちゃんげんきかしら?」と小声でいったのだった。

犬。犬か?けど犬はもうとっくにいないし。

翌朝、納骨のために起きる寸前に、すべて思い出した。

犬の毛皮があったんだ。

どこ?

浅くて暗い池だったよ。その池はどこにあったか?

神社の公園とあの寺の間の斜面だった。

陽があたらなくて薄暗い池だけれど。大きなおたまじゃくしや、水生昆虫、カエルなどが多くて、いつもオレたちは長靴で遊びにいっていた。

幼いながらも。その場所が。よくない場所だとは認識いていたとおもう。

20分も池にはいっていると。いつのまにか、縞模様のナメクジのようなものが脛や太股に何匹もはりついているのだ。それを手ではがすと。その跡はうっすらと出血しているのだ。

大人からは、行かないように言われていた。別に川の水溜りではなくて。湿地としていつもそれなりの水がたまっていたのだね。

それでも。オレとマサユキくんと姉は、たまに遊びにいっていた。

ある日。思いがけず人がやってきた。公園側から斜面を下ってきたのではなく。

お寺側の鉄条網をくぐって登ってきた。

「なにやってんだよ!おまえら!ここはうちの土地だぞ」

かなり大柄な男の子が脅すようにいいます。

「ぼ、ぼくは立町小学校一年の、マサユキです。池の奥に毛皮があったので。誰かがヌイグルミを落としたと思ったので。確かめようと思ったので」

ああ、そうか。そういわなければいけないのか。と思い。

「ぼくは、尚絅幼稚園の年長ゆり組のらっこです。毛皮を確かめたかったので」

姉は無言です。


「俺は。雷電寺の跡取り、ここの土地の持ち主だ!もうここは俺の土地だからな。あ?立町小学校二年だよ」

マサユキくんは、同じ小学校とわかったせいか、やや薄笑いを浮かべたんだよ。


「それじゃあ、毛皮、持ってかえれや!」

と、寺の息子はマサユキくんを毛皮の方へと、かなりの力で投げ飛ばした。

マサユキくんは、ベコッという音をたてて、毛皮に頭をぶつけて、いったんは水に全身が隠れた状態になったの。

「どうだ?それは毛皮か?ウチはなあ、シェパードを6匹飼ってるんだ。なんでかってと。おまえ等みたいな貧乏人の犬が入ってきたときに殺すだめだよ!その犬もウチの犬にころされたんだ」

目を剥いて。マサユキくんは水の中から立ち上がった。

自分がもたれているものが、毛皮でなくて犬の死骸だとわかったからだろう。

立ち上がったマサユキくんは。水を滴らせながら。上を向けた手のひらをみた。


真っ白い、お米が小さい山になっている。でも。でも。
そのお米は、一粒づつ。
くにくにと動くのである。

「いやぁあああああああああああああ!」

寺の息子は逃げた。

悪いと思ったけど。オレも姉も逃げた。

マサユキくんはどうなったかはしらない。つーのは嘘で。公園の水道で一人で洗って帰ったみたい。


けっこう年配の人意外は信じてもらえないけれど。

その寺はいつも塀や門を閉ざしており。一般客ははいれない。

じゃあ檀家はどうしていたのかは知らないけど。

その閉ざされた境内に。シェパードを6匹。放し飼いにしているのは有名だった。

なんせ、当時はシェパードって珍しかったしね。

しかも、部外者は噛みついて倒すように教えている犬だ。

愛犬家は近寄らないようにしていたみたい。


この六匹のシェパードと。ウチの犬が激突するとは思ってもいなかった。

だって、当時は犬。いないからね。

いつか続きを書くかな。でも泣くかもしれないから。かけないかもな。もな。
| 昔のおもひで | COM(2) | | TB(0) | |
2011-12-01 (Thu)


嫁はスピッツの大ファンで。んじゃ俺はきらいなのかといえば。

モトモト、スピッツのCDを集めていたのはオレなわけで。

でも妻がファンクラブはいっていて毎年ツケットは取っており。

今年は妻の病気でいけない、と。しかも中央一階の前のせきであり。

ヤフオクでうろうとしたけど。あそこはなん面倒だ。

連番で二枚あるけど。だkれか買わないかな?

一枚だけ買って俺とともに見るのもOKだけど。女性は恥ずかしいからいやなのん、

一枚5400です。

もう期間がないので。明日の夜にはヤフオクにだすですう!
| ブログ | COM(0) | | TB(0) | |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。