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2012-02-29 (Wed)


びびったす。

もう、いまのブログはあきらめて、あたらしいブログでいこうかと。

ゆうべ、履歴やら、お気に入りを整理したのだけれど。

アメーバびログインするパスワードも消えてしまったようで。


ほら、いつか、オレがログイン状態だったパソコンが盗まれてIDとか変えたでしょ。

どーにも思い出せずに。

夕方、偶然、パスワードが一致した。

もともとオレは。「ねこのこども」とか妙なパスにするのだけど。忘れる。

明日は午前中にMが退院なので荷物を取りにいって、その後、会社に挨拶回り。

って、オレがいちいち一緒に行くべきもんか?ふざけんな!という感じ。

明日からは母入院のため、留守番で実家です。うん。飲んでたり寝てたりしたらばダメね。

日本は、四季があっていいのだとも言われてますが。

春先までの寒さと。初夏から残暑までの暑さは。体に危険を感じるなあ。

受ける側が変わったのか。気候が厳しくなったのか。

春と秋の一部分しか楽でないのは。

もう、いらねえなあとか思ったりする。

ストーブつけてても。終日、骨が冷たいんだおね。これは贅沢か?はは。
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2012-02-26 (Sun)


当時は。そんな名前の三姉妹芸能人もいたかもしれません。

かわいがっていたのです。初めて飼ったいきもの。はむすた。

逃げていなくなってしまいました。


「ねずみだからなあ。下水溝から逃げて、あちこち配管の中を彷徨っているかもな」

部屋や台所をくまなく探した、ぼくに、父は言いました。

眠る前に。「かなえ たまえ」

はむすたは、下水ではなくて。

ずぶぬれになって水道管をずんずん遡る、はむすたが。見えた気がしました。

毎晩寝る前に。暗いなかで。

はむすたは。すすむすすむ。

「もう三週間もたったから、配管の中にいてもしんじゃってるよなあ、食べ物のないし」と父がゆい。


祈りで見るはむすたは。

突然、大きな水道管の急速な流れに入って、飛ぶように消えていったのです。

はむすたが消えて一ヵ月後。

台所で物音を聞いて。

探しました。

米櫃の中に。

ほっぺたをいっぱいに、ふくらませた。はむすたがいました。

ずっと台所にいたはずはないのですが。ぼくは喜んで小屋に入れてえさを与えて。

翌朝に逃げました。

それから、ぼくは。はむすたを見ていませんが。

祈れば、わかるわけです。

はむすた、すすむ、すすむ。

狭い水道管もあるでしょう。そういうときは。

はむすた、ぎえぎえ、となるのです。

でも、それを乗り越えて。はむすたは。すすむ。

あれから50年たってしまいました。

でも。大丈夫なのです。

はむすたは。遊びにいっただけで。ぼくの元へと向かっているはずなのです。

水道局が違う区に引っ越してしまいましたが。はむすたはしっているでしょう。

すすむ、すすむ、ぼくにむかって。

時も場所も越えて。すすむ。

まもなく。ぼくが洗い物をしているときに。

蛇口から、流水とともに。けけ、とでてくるのでしょう。

なので、ぼくはお湯は使わないようにしているんのです。

濡れている、はむすたは。かわいくないので。すぐに乾かすのです。

はむすたには。

ガスストーブがいちばん似合うのですね。

しやしやと音を出す。ガスストーブで、ふわふわに乾いた、はむすた。

一泊だけ、かわいがってあげんのです。

翌日はしかたないですから。トイレに入れてながすのです。

また新しい旅のはじまりなのですね。


あ、トイレは下水だったおね、ははは。

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2012-02-25 (Sat)


ま。オリは精神のビョーキだし。働いてないし。フツーではないのだけれど。

だから滅多に外には出ないけれど。出た場合は。それなりにフツーにしていると思っている。

つか、装わなくても。キー!とかなるわけじゃないので。愛想よく笑って受け答えをすれば大丈夫なはずだ。

今は参加していないけれど。一般社会の一員として、問題ないと自負していたのだけれど。

オリは今、歯医者さんに通っており。それはMのダーツバーの常連さんで。

なんでそこに行こうかと思ったかというと。

途中で逃げないためだ。

歯医者はけっこう回数がかかるし。知らない医師だと、オリは日によって。

もう、いいよ、オリは。と諦める。

だから知っている医師なら、通うことができるかと。

それに、そういう「行かねばならぬ」ことがなければ。絶対に家を出ないだろうからだ。

何度も、通わせることなく、毎回、悪い歯をスパッと、時には一時間もかけて直してくれる。

で。

「そういや、Mくんはもう退院するんだろ?ダーツバーの頃のみんなで快気祝いやったら?オレも顔出すから企画しなよ」

Mにも言って。オリは詳しくないので。ユカたんに、しょうちゃんとこで、という感じに丸投げ。

タクシー運店主のKさんとか、休みを合わせると。第二週になるし、Mの退院は日付がハッキリしない。

7日でもいいかと歯医者さんに恐る恐る電話。だって忙しいかもだし。
「携帯は治療中は持ってないから病院に電話してよ」と言われたけど。どうもね。

「ああ、それは夜だったらあわせるから、適当にして!ご苦労さんね。

オリも子供じゃないから、面倒な電話しちゃった感はぬぐえないのだ。

Mに退院が決まったか電話して。

「ああ、月曜に、レントゲン撮ってからだから。オマエ、そんなに本気になって手配しなくていいいからな、てきとうでいいんだら」

むかっときた。

でも連絡しなければいけないので。ユカたんに電話。もうこの方におまかせするしかないもん。

「はいはい、そういうったかんじでするから大丈夫だよ、まかせて」と相変わらず頼れる返事。

ああと思った。

オリだけがずれているよ。

みんな。毎日仕事に忙しくて。それは。ややどうだっていい項目なのだろう。

オリだけが。なんだか結婚式や葬式にように。クワクワ思っていたというか。
「なに?こいつ、そんな真剣に?」ということだろうか。

ま、これはいんだけど。

常日頃もそうか?と。

みんなは、日々の仕事を終えてブログ書いているわけで。

楽そうに見えても。本当は辛い仕事の合間で。余裕の様な記事を書いているのだろうし。

そこに。オリは。

なんつか。感覚がずれたままコメントしたりしてんじゃないだろうか?

なので。もうけっこう落ち込んだ感じだすね。

こういうときに限って。

氷を取りに寒い台所に行くと。

台所の下でコオロギが。

オマエシネ、オマエシネ

と鳴くのである。

これは悪質だわ!と殺虫薬をふりまいたのだけれど。

場所を変えて。

オマエシネ、オマエシネ

と鳴くのである。

スプレーを発射しまくって台所を走り回っていると。

風呂からあがった妻が来て。

「なにやってんの?」

「いや、へんな虫がいて、いやなことを言うもんだから・・・」

「ふうん、その虫はなんて言ったの?」

「いや、なんてっていうか。そのね・・・」

「ゆったんでしょ?虫が?」

とてもとても低い声でいうのです。


「え?うん。ゆったような感じだけどおお・・・」

「虫はこう言ったんだよねえ?」


オマエシ・・・





あ、、このへんは嘘だけど。

すみません。ユカたんに。おまかせしかないのん。ごめんね、いつも!はは。
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2012-02-25 (Sat)


こなゆき、

はいはい。

しろねこ、

さむかろ。

いぬちゃん、

はふはふ。

はむすた、

温熱。

縞海老、

揚げ揚げ。

焼酎、

ぐびぐび。

オレは。

きょうも。

鴨居を眺めて。

だって。

鴨が居るから。
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2012-02-24 (Fri)


まよってることがあんのよ。

その昔。オリはオークション販売で暮らしていたことがあるのね。

へんなもんじゃなくて。本とか。中古のオモチャとか。

お店で安く売っていても、もっと高く買う人もいるの。わかる。
探すのが面倒だから金で済ませようって人。
だから、オークション→オークションの転売でも頑張ればいける。

辞めたのは。人と会うのもいやだったけど。妙に警戒しあいながらの敬語メールにも辟易したから。

それで。売るつもりで買ったモノがあんの。

創刊号は390円!とか。であごすてーに!みたいなのあんでしょ?

二回目からは3000円くらいして、しばらく続く奴。

「日本の名車」というミニカーが付いた書籍。初回はスバル360だかが入っており。引き続きの契約のハガキを取るために開封した。

その後は未開封。昔はミニカー好きだったけれど。気づけばオリは車には興味はないから。

12ヶ月くらいで終わって。12個をオークションすればいいとおもったけど。

おわらないのだよ。だけど途中でやめたら価値がない。辞めた人の為に完全コレクションするんだから。

荷物はどんどん届き。あけることもなくたまっていき。

佐川急便配達だったので。止まったのは震災時。

のちほど「続けるか辞めるか?」電話きて。保留。もうそんな置き場ないしね。

今日調べたら。うちには120個以上来ているらしい。

もうオークションに写真を載せようがないし。発送だってダンボール数個という規模で。

オークションはあきらめており。


でも、ふと考えれば。

中には、オリは初めて乗ったサニーやMのチェリーもあるのか?(外装からは見えません)

開けてきたくなった。

ミニカーを何台も並べて。ぶっぶー!とか手で走らせたら。もっと駄目な人になるのかな?

ちなみに、シリーズは今後180個まで延長されるようですので。追加で買うことは無理すね。

けっこう難しい選択なの。

これからかね出して買おうというのではなくて。

今、あるものを、かいふー、しちゃうか?ということなので。

板の間で遊んだら。タイヤにごみがついて売りものにはならないんだろうなあ。

でも、インテグラとかムーブとかは見たくもないんだおね。

どうするかのう?
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2012-02-22 (Wed)


いたるくんは。狭い路地の小さな中華飯店で。

いつも座敷の上がり口に座って古いテレビを見ていた。

薄汚れた白衣を着て。つまらなそうに見ているのだ。

オレが母の知り合いの紹介で。アルバイトをすることになり。

それはまだ100円ショップがない時代に。オール100円の小物をトラックに積んで。

団地の駐車場に勝手に青空市を出すという。ま、露天商だったのだけれど。

そこの大将の友達が、この中華飯店の店主で。なんというか、基地のようにいつも入り浸っていた。

さっさと行商に行けばいいものを、大将は必ずこの店によって茶を飲む。

午前中なのに茶が焼酎に変わった時点でこの日の商売はなしだ。

法的には可能だけれどオレは4トントラックは運転できないから。

だからオレは契約の18:00まで、その店で過す。バイクで通っているから酒を飲む訳もいかない。

不思議なことにこの中華飯店は、昼時でも客がほとんどこないのだった。

たまに出前の電話があるとマスターが作ってバイクで運んでいく。

いたるくんは何をしているかというと。なにもしていない。

「免許ねえがら出前はさせらんねし、料理もでぎねがら。今は片付けと掃除だげだな」

とマスターが言って。いたるくんは黙って下を向いた。

この中華飯店がマズイのかというと、そうでもなく。ラーメンなんかは正統派中華そばで、んまいのであった。

でも出前注文のカレーライスとかを。中華なべでSBカレー粉を使って五分で作っているの見ると。ま、たいしたもんじゃねえな、と。

オレは、いったるくんとは話した事はなかったけれど。

彼が住み込み・・・というか座敷に寝泊りして、食事を与えられて。こづかい程度の金しかもらってないようなことは聞いた。たしか当時の中学生が家庭でもらう小遣いくらいだったと思う。

「原付免許あんなら、給料上げられるんだげどな」とマスター。

「試験受けてみたのか?」と聞くと。

いたるくんは。「8回受けたけどダメっす」と暗い顔で言うのだった。

まあ、原付の筆記だけだって。油断して行くと落ちるものだし。

彼は使い古されたようなテキスト本をオレに見せた。

当時は。県の運転免許試験場の近くに。民間の業者が居て。日々の試験内容などを詳しくチェックしており、その傾向と対策をテキストにしたものが。なかば、公式本のように売られていた。

「満点屋 原付 必勝本」

「んじゃあ、らこ、教えてやれや!ここでよ!、ははは」

と、オレを雇っている大将は昼から酔って言う訳でして。

つか。日銭商売なのに。毎日出ないでいいのか?バイト料払えるのか?とか思ったのですが。

その本を始めから教えていくことにしました。

こういうのって。

「歩行者が横断歩道にいたら停まって横断させる!○か×か?」というような質問して勉強しますよね?

ところが全然駄目なわけです。テキストのそのページを読ませながら訊いてもダメなのです。

ふざけてんのか?と思うでしょう?でも違ったのです。

ああ、この子は字が読めないのだ、と気づいてしまったのです。

漢字はほとんど。ひらがなとカタカナも部分的には駄目なようで。

けれども。オマエ字が読めないんだな、とも言えない気がして。

「勉強は、読むことも含めてやっていこう」

いたるくんは。無言で数回頭を下げて。

「この店で出前ができるようになって、料理も覚えて。ラーメン屋やるのが夢なんす」と言った。

なんだか。わからないけれど。咥えていたタバコを落としそうになり。

「オマエ、いま、いくつだっけ?」

「16っす」

「んじゃできるかもしれないな」と適当なことを言ってしまった。

数ヵ月後。もう年が終わろうとしていたころ。

「あのなあ、給料なんだけど事情があって払えないから、明日、どっかに行商に行ってくれや!その売り上げを給料にすっから。足りない分は来年な」

とオレの大将。

だったら今日だって朝から酒のんでないで、オレと行商いけばいいじゃん!とは思ったが。

「いや、だってトラック無理だし、売り台の出し入れは一人じゃ無理ですよ」

「んじゃあ、いたるを連れて行けよ、マスターいいべ?」

「ああ、いいよいいよ。ウチは暇だからこれも給料のうちだよ」

と勝手に二人で決めてしまって。

その日は。オレも座敷に泊まって。いたるくんにテキストを教えていたりしたのでした。

翌日、どこの団地に行くか迷って。そもそも団地の空き地に勝手に台を広げて商売するのは違法なのですが。まあ、警察はこなくて。奥さん方も好意的なのです。

ただ、広い場所でないと。オレはバックで駐車できないということ。

そして人が多くても遠い場所では営業時間が短くなるので手取りが少ないということ。

近場の猫又団地にしました。

いたるくんは。予想に反して、とてもよく働いてくれました。心配した接客も。「とりあえず笑顔」を実践していましたから、年齢もあって、奥様方には好評でした。

露天商ってのは自由でして。店じまいするかどうかは胸先三寸です。

雨や風で。早々と店じまいすることもあり。

暗くなってきたときに。どれだけ遅くまでやるかも自分が決めるのです。

金の管理はアバウトで。

本来は。現金-つり銭=売り上げ ですけれど。
ここでは、百円玉や五百円玉を数えないので。

札が売り上げと決まっていて、終りにはお金袋から札だけを抜くのです。

もちろん、小銭は取り放題なのですが。
オレは当時も「飢餓っても猫のカリカリは食わず」という方向でしたので。


すべてを片付けて、トラックの運転席でお金を数えると。札。
取り分は68000円でした。
落胆。
オレは、一ヶ月:26日で10万円の契約だったからです。

「わるいな、きょうはすくなかったから」

一万円だけ。いたるくんにあげました。だって。彼だって働いたのです。

彼は。驚いたような。困ったような顔をして手を出しません。

「いいから、新しいテキストとか買えよ」

オレってカッコイイ!とか思いながらも。正直いってこの一万円は惜しくて惜しくてたまりませんでした。
「やっぱり返して」と何度も言おうとしたり。

二日後。

中華飯店は。閉まっていました。ただ閉まっていたのです。
近所の大将の家に行くと。
車はなく人気はありません。
逃げたということなのでしょう。

そこが新幹線の工事区域に入って、みんな補償金を貰ってから家を新築したり会社辞めたりってことを。聞いたのはしばらくあとで。

今も実は歯医者の行き帰りに周辺を通っているはずなのですが。

今度は地下鉄の開発で地域がかわってしまって。オレにはどこがどこか。わからないのです。

いたるくんは。免許がとれたのでしょうか。

でも。

寅さんじゃないけれど。

海辺に行ったり。古い団地に行って10万円売ったり。

売れないから昼前に撤収して駐車場で寝たり。

今は、規制も多いだろうけれど。自由な感じはよかったすね。
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2012-02-20 (Mon)


お寺とか神社の裏の乾いた土地のものがよいといわれていまして。

日当たりのいい場所には。適度に乾いて明るい色の土があるわけですね。

いわゆる、虫の。あり地獄なんかの幼虫の巣があるあたりに見つかるでしょう。

小指の先ほどの。小さな土で、できた丸い玉があります。

一箇所に集まっているのではなくて。

ぱらぱらと転がっていることでしょう。

それを集めて。ここが需要なのですが。
すり鉢ではなくて。乳鉢で、ていねいに粉にするんですう。

ここで加えるのが。ハチミツ。

でも事前に準備が必要で。

れんげ草の蜜だけを取った蜂であることが必要です。

だから。100パーセントれんげ草の蜜であることが大事なのですね。

つぎに。牛乳をいれて混ぜます。いまでは生クリームという家も多いのですが。

当時は牛乳しかありませんでしたからね。

小麦粉ではなくて、コメを粉にしたものを入れます。もちもちしますからね。

苦労するのがこのあとでして。

猫の涙を数滴いれなければいけないのです。

自宅にいてもなかなか採取できないでしょうし。

いなければ、他家から貰わなければいけないわけで、それは大変でしょうね。

ちなみに、数日前に猫が出した涙を保管していても無効です。そうなってんのです。

いろいろ苦労してそれらを混ぜてから。

で、これを小判状に整形して焼くわけなんすね。

昔はきっと、竈に貼り付けて焼いていたのでしょうけれども。

今は、まあ、オーブントースターでもよいのではないでしょうか。

焼くと。たまらなく、甘く、香ばしい香り。

でも食べてはいけません。

庭の北西の隅っこに穴を掘って埋めるのです。

埋めたらば。

素焼きのきつねの置物を上に置いて。

「ぼくはしやわせであるますように」と言ってください。

本当か?と思う人も多いですよね。

でも。

長い間、誰もがこうやってお願いをして。

しやわせだったかがインタビューできませんでしたが。

死んだのです。

もちろん。結果的には。

死ぬのですけれどね。みんな。はは。

あ。

きつねの素焼きは。

ほとんどのコンビニの味噌の横に置いてあるようでっすね。

けど。買う場合には。「成人確認」というボタンを押さなければいけません。

たしかに、きつねを、未成年が買う事には抵抗がありますよね。けけ。
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2012-02-19 (Sun)



へへへ。

もうね、政治とか社会とか、見られなくなってきたけん。

もろ自分がたいへんだとテレビも見れない品。

妻が帰国後。アトピーの状態は数日で悪化して。

今はもう。話しかけらなかったりする。

ええ、帰国じゃないけどね、国内。

そーゆー場合は。夫が家事もしてあげて、どうすっか?だろうけど。

できない。というのがいいのか?

オレは基本的に人と会いたくないので。

セブンイレブンとDIYで買い物しただけでも。「してやった」という気持ちなのだ。

まちがっていることはわかっている。

無職で妻が病気ならばするのがふつうだろう。

それでもダメなのだね。閉じこもりなのだろうか。

ここでそれを許して欲しいという、卑劣な考えはないけれど。事実として。

いましていることは。無理に歯医者に通っているくらい。

オレ地震はなにも前進しないけれど。歯はなおっていっくわけで。

哀しいけれど。

子供のように。

「妻とオリの病気がなおりますように、あとクマキチもフツーであるように」

どうしても。幼稚園がカトリックだったから。指を組み合わせてのお願いになるけれど。

古来の神様やイスラムの神様だっていいのだと思う。

そして。

多くの人がそうであるように。

オレの願いはかなわないのかもしれない。

そうなった時は。

神とはま逆の。疑似科学療法(けっこうやってんあだよ)にいくのかもしれない。

問題は、オレがフツーの人になって。

炊事、選択をすれば。

いいことがありような気がするのね。

じゃあ!いまだってフツーじゃね?と言われればそうだけど。

細かいことから。

コツコツととするか。

絵は。もう少しで描きあがりますのん。
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2012-02-18 (Sat)


地元のプロ野球とか。

サッカーとか。

以前は
楽しもうとしていた。別に他県出身の人がほとんどで、東京が本社のの球団でも。
覚えよう。好きになろうとすれば。そして見に言ったりすれば。応援できるようになる。

勝てば嬉しいし、負ければ悔しいし。
楽しみが増えるという事でもある。

ただ実際に見に行くと。雰囲気はいいけど。外野席は応援拍手しなければならないかんじ。

つか応援するとビール呑めないじゃね?と外野一番上でひそかに見てたりするの。

今は、どうでもいい。

そもそも。みんなそろって応援ね!てのがダメなのか。

近所のサッカーホームスタジアムに、お揃いのユニホームを着て集まる人は。

消えてくれともおもい。

地元の河北新報という新聞は。

阪神の金本選手(東北福祉大出)が西武の岸投手(東北学院大出)に暴投を受けた際に、立ち会っていた猫跨親方(東北猫学院高校出)の仲裁を受けて。
それを見てプロゴルファーの宮里藍(東北高校出)が微笑んだりすんだよ。←こう書いてある。

うるせえの。

「オラが村の・・・」はどこまでゆくのか。


実際に会った人とか。トモダチや先輩後輩。近い親類なら。がんばれ!って応援するだろうね。

ドルムなんとかで。誰かがゴールしたり。にしこりとかがテニスだったり。
ふーんとは思うけど。「オレはやった!」とは思わないでしょ?

このへんな国てきな感情がいやのよね。

サッカー!日本VSイラン

イランが勝てとは思わないけど。別に日本に知り合いもいないから。どっっちでもいい。

ワーるー度カップも。それは日本がいいとこけばとおもったけど。

ま、つまんね試合で。間違ってスペインに勝ってたらしたら。だめすぎ。

って、けっこう見てるじゃね?とオモウだろうケド。

見てます。

ただ。むかしがそうだったけど。

日本!勝った!そうです、凄い国なの!

もう、それ、いらねえよって。

欧米はよくてアジアはおくれているからか。

中国、日本、韓国は妙に世界コンテストに出たがるような。

韓国はあまり認められていないので、しかたないけど。

日本料理を無形文化財とか。本気でやってるわけで。おまえら誰の許可得てそんなことやってんのか。

中華も、韓国も、日本も。料理は人にくっついているものだから。

認定なんて必要ないはずなんだおね。

おんなじこともおおいか。

韓国は、なんでわが国からノーベル賞がでないのかといってるけど。

何人か出している日本と同じで。へんだな。

賞は。本人と、それにかかわった人たちが噛みしめるものであって。

別に、何とかさんが卒業した東北大の生徒が喜ぶ筋合いはないもん。

賞とかを国家で貰おうとしている段階でダメダメなのかな。

モンドセレクションなんて。いらねえのです。

けど、なんかいやなのは。

例えば、オリンピックで。

韓国と日本が同点で。俺がどっちかに表をいれなければならないばあい。

不思議だ。韓国も嫌いというか知らない。

けど。

「メダル!」

俺は日本に入れるなあ。

メダル。

誰か。この謎を解いてくれ。

いやさむいわ。
まとめますと。
世界や日本や宮城や親戚や親や妻や娘は。

ま、無事でいてくれとはおもうけど。

おれだけが。あったかくしていきていきたい。ん。
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2012-02-16 (Thu)


ま、普通はさ、年功序列で上から死んでいくものだということになってるけど。

災害の場合の優先順位はどうなのか?ということだ。

ここに5人の人が洪水の家屋に取り残されて、ひとりづつしか助けられないとしよう。

景子さん・・・89歳 
らこ君・・・・50歳 
ひろみさん・・50歳
竹中君・・・・18歳
りあむちゃん・・8歳

これを順番に助けると。しかも後になると死ぬ可能性もあると。

現場レベルでは助けやすい人からだろうけど。報道されていたりすると。

りあむ>景子>竹中という順かな。弱い人からと。あとは若い人優先。中年はどうでもいいかんじかな?

ひろみとオレらこは女性であるぶんひろみが先かな。

でも、ここで職業を入れてみよう。

景子 国会議員
らこ 無職
ひろみ 公務員
竹中  自衛隊
りあむ  無職

この場合は、りあむは最優先だろうけれども。

次は、らこ君ではないか?

この間もあったけれど。

船長と船員が、乗客を全員逃がしてから非難するってのは昔からだし。

飛行機だって事故の際には。パイロットや客室乗務員はさいごまで残る。

公務員も、警察も、消防も同じか?

最後の瞬間に逃げてはいけないのだろうか?

命の優先順位は職業できまるんか?

現実には。たぶん。そういうふうにしていたかもしれないと。

もう映像は見られないけれど。多賀城市だったかな。
渋滞の車の窓をたたいて。「降りて逃げなさい」と言ってまわっていた警官。
もう膝まで水がきて、車も沈んでいるのに。海へと向かって走っていった。

こーゆー場合は、病気と違って。自分が死ぬという実感がないから。模範的な行動ができるのかもしれない。

近所の中学校には多分、当日の夕方には避難所ができて。簡易トイレもあった。
どう規定されているかわからないけれど。教師たちが準備したのだろう。緊急物資が指定学校には備蓄してあるしね。

そもそも公務員といっても。全員集まったって、すべての避難所に一人は派遣できないだろうし。

けっこうな割合の公務員パートに強制もできないだろうし。

ま、災害時に充分に人手が足りるような人数体制にしていたら無駄そのものだし。

むろん、すげー大変だったろう、というか今もか?仕事は認めるし。他方で民間のブラック企業で働いている人からすれば楽すぎ。というのもあんだろうなあ。

ただ。公務員の命は一般人より軽くて当然なのか?と思うとわからなくなって。

オレは教師とかは基本的に嫌いだけれど。家で小さな子が待っているだろうなあ、という女性教師が。
笑顔で。でもやつれて。わかめご飯を配っていた姿は忘れられない。

福島だって。

原発事故で逃げる場合は。東電の家族は最後なのだろうか?

どうも。海外は詳しくはしらないけれど。

日本は。

他人のせいにしたがるよなあ。

東電の元社長とかが巨額の退職金もらって。社員もボーナスまで出て。

腹がたつような報道ばかりだけれど。

別に元社長が今の東電を作って営業したわけではなく。社員らもそうかな。

しんじゃった子が多い小学校では訴訟だとか。幼稚園でもあったおね。

マンツーマンだって難しいのに。教師に生徒の命を補償しろってのもなあ。気持ちはわかるけど。

東電が悪い。

自治体の災害対応が不十分。

国が悪いって。

つまりは己らが悪かったことになるわけで。

ヒステリックにならないで。勧めたらどうなのかな。

東電だって。年収400万円だって。充分暮らしていけることを知ってもらうことはできるかも。

けれども。

他人のせいにするやつが強い世の中ではあるのかなあ。





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2012-02-15 (Wed)


今は実家に来ているのです。病院が実家の近くなので。喘息と精神科の薬を貰うためだおね。

「薬強くなったから効いたでしょう?けけ」とゆーよーなことを言われて。ムッとしたけど。
確かにそうなのかもしれなく。

実家にいくと。
母はもう重い物は持てないはずなんだけど。部屋のストーブの灯油が満タンになっており。
もう、これはしょうがねえんじゃねえかと思って。

娘へのお手紙返事その一を書いた。酔わないうちに。
説教はしないようにとおもったけど。するもんだな。
自分に後悔があるからかもしれない。でも。もう別な人だから。
アジアの辺境で。泣いても。哀しんでも。オレは関知しない。つかできない。
それはいいのだともおもう。親なんていつかいなくなって。葬式で迷惑をかけるだけだしね。

福岡から帰ってきた。妻は一気に病状が悪化して。

福岡にあって仙台にないもの。

常時入れる温泉とか。無農薬野菜の食事かな。

逆に福岡になくて、仙台にある駄目な物・・・→オレ


ということも考えられて。

いずれいなくなるのなら。今いなくてもいいよなとも思い。

だからといって何もするわけではなく。

ま、田舎だから。なんとしても車は必要なんだけど。エコじゃなくてもいいし。

最近はTVに出るグルメの食材も「ふ~ん」という感じ。

食べた事はあるのだろうけれど。

なくてもいいもん。

衣は。もう安いのが出回っているから苦労はしないだろう。

住・・・仮設住宅じゃないかぎり辛くはない。持ち家なら家賃ないし。

食だって。そんなに金はいらないはずだ。

高い物は美味いけど。美味い物が高いわけではない。

安い安いと言われているけれど。

回転寿司に家族で行くとか。そのうちなくなるだろうな。

おかあさんは大変だけれど。

昔、なかったもので。

今は絶対に必要な物ってのは。けっこうすくないよね。

回顧主義じゃねえけどさ。
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2012-02-13 (Mon)


「イモンがくるってさ」と初めて聞いた時はわからなく。

そーゆー人が来るのだと思っていた。

芋ではなく。なんかオジサンがきて。

ながい話をして。帰って。

ぼくらは、御菓子をもらったり、なんかを貰ったりしていた。

いつしか。ぼくがイモン担当ということになって。

それは。イモンの人がきたときに、挨拶みたいなお礼みたいなことをゆう係りなのです。

めんどうなのは、おおむね内容は同じなのだけれど、文字を読んではいけないということで。

暗記して、イモンの人たちのまえでゆわなければならないの。

だったら小学5~6年生がいいとおもうのだけれど。

たぶん。ういういしさとかいうものがないから低学年なのだとおもう。

「きょうはありがとうございました、うれしかったです」

ではダメなのですね。

1、今日はお忙しい中きてくれてありがとう。

2、ぼくたちは、こんなにつらい生活を送っています。

3、そこに皆さんがきてくれたので、本当に本当にうれしいですう。

4、今はとってもつらいのですが、がんばってます。みなさんにイモンしてもらったので病気もきっと治ります。


と、まあこれだけなんす。内容が。これで毎回相手によって内容を変えて暗記してしゃべると。

うれしくなんかありませんでした。

皆さんが来てくれたって。ビョーキは治らないわけで。死ぬ子もいます。

ぼくは。お礼を言われて、少しだけ微笑む男性が酷く嫌いでした。



実際の寄付の内容は。じゃがいも50キロとか。豚肉30キロとか。豚肉は期待しましたけれど。豚肉料理はでませんでした。多いのが文房具で。
鉛筆や消しゴムが大量に配られたりしましたけど。
ぼくらは難民とかではなくて。鉛筆もあるし消しゴムもあるのです。
色鉛筆とかクレパスとかなら欲しかったのですが。なぜか余るほどの鉛筆と消しゴムなのです。

ぼくはもう。嬉しくもないのにお礼をゆうのが嫌で嫌でしかたがありませんでした。

なので、だんだんと真面目ではなくなったのか。いい加減な行動もするようになったと言われ。

イモンの人って。何かくれるのなら、くれてやってすぐ帰ればいいのに。

結局その行事に出るのです。

「うん、これ、あげるから、元気でね!」とゆえばいいのに。

「私は、昭和12年3月13日に生まれましたが、二歳上の姉が、当時・・・」

とゆーよーな。くどくどというか。どくどく?な話を17分くらいはするわけですね。

「いらねえ!」と思い。

「オマエの話を聞かなければならんなら、何一ついらね!」

ぼくは、病気の子なので。倒れてみることにました。くたくたと倒れると。

ざわ!っとなって。どくどく話していた人も黙って。ま、終わるわけです。

すかす。ある時は野外で。

くたくたと倒れたら。ちょっと先に大きなクワガタムシがいたわけで。

おもわず手を伸ばしてしまって。(今は逃げるけどね)

嘘がばれた。

らこ→聡明、誠実

らこ→悪知恵、卑怯

という図式ができたのですね。

ただ。問題があって。挨拶文を暗記して読める同学年がいない、と。
別に、紙を読んだだっていいじゃん、と思うのですがそうではないようで。

いちよー。ぼくの大使役はなくなったようだったけれど。

また問題が。

てんのーへーかが来るということになり。(時系列は狂ってますからね)

なんかくれるらしい、と。

で、もちろんウチ側では。子供が。しかも、いたいけ?な子供が挨拶するんだのようで。

紙を読んだらだめってことになったらしく。

絶対に絶対に。虫とか猫とかいても。しらないふりをして、ちゃんと話せと。

練習が酷かったですけど。「もう覚えました!」ていってんのに何回も。

あーゆ時に間違ったら人が死ぬんでしょうか?

うん。突然。訪問はなくなって。列車からお手を振られるということに。


ドクドク書いてしまいましたねえ。

ま、ぼくとしては。

嬉しく思っていないことに。

美辞麗句を連ねて。

感謝の言葉を贈ることはできないと。

それを施設のかわりに。こどもが今もやっているのかな?

だれだって。ありがたくないことには。お礼はゆわないよね?

受け入れ側が卑屈すぎるよね。

「ああ、どうもな!」くらいでよい。

そもそも。

寄付とかする人ら。

ペコペコしたお礼や、土下座が欲しい人はいないと信じたいけどなあ。

まあ、すくなくとも。

子供に。理由なく頭を下げさせるのは。復興支援もふくめて、やな感じだとおもう。
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2012-02-11 (Sat)


その女性は。早いはなし婆さんで。妙に髪をてんこもりにして、薄緑色に染めているのです。

「なんだい?」

なんだい?ということはなだろうと思いました。だって店に入ってきただけですからね。

「呑むんかい?」

やや関西的なイントネーション。

「はあ」

「なんだかはっきりしないねえ!何呑むんだよ?」

飲み物の価格が書かれていないのです。

「えと、水割りとか飲みたいんすけど、料金はどうなっんてんすか?」

「あんた・・・ひろみ呼ぶとね?」

「え?」

「ママさんがひろみっていう名前なんすよね?」

「バカいっちゃいけねえよ!ひろみって店のオーナーがひろみだって限らないだろうが」

「はあ」

「だから、ひろみ呼ぶんか?どうすんねん?」

会った事のない女を呼ぶのも嫌な感じがしたのです。それで躊躇していると。

「ウチは、世界中の”ひろみ”がいるねん!あんたのあの”ひろみ”だって呼べるねんで」

「でもこんな狭い店に何人もいないでしょう?」

「二階や!二階にみんなおんねん!」

「呼んだらお金はどのくらい?」

「サイフ見せてみい」

バアサンは、ぼくのサイフを取って中を見て。やや満足そうな顔をしました。

「34000円やな、大丈夫。ウチはまあ、居酒屋程度じゃけん」

「ひろみ、呼ぶけど。どの、ひろみ、かわからんと困るからこれ書いてや」

サイフと一緒に小さな紙をよこしました。

住所・氏名・年齢。出身学校・・小学校から大学まで。

「えと、こんな個人情報書かないといけないんすか?」

「あたりまえやろ!ひろみだって一杯いるんやで?あんただけの、ひろみ、やないと意味がないやろ」

「ちょっとまっとき」

バアサンはそういって紙を持って奥に入っていったのです。

ぼくはウイスキーのグラスに口をつけて、少しづつ啜っていました。

「これでものんどき」とバアサンがよこしたのは。

なみなみと注がれたトリスウイスキーストレートの「アサヒ」と書いてあるコップだったからです。

いつのまにか誰かが隣に座っていました。

今は見ないような。アーガイルのセーターを着た女性。

「ひさしぶりだね、かわってないねえ」

え?うあ?うう。なんだかわからず。

「アタシ、かわったかな?」

大きいけれど一重の瞼、

薄い唇と口元のホクロ。

ひろみか?あのときの、ひろみなのか?

遠くからいつも見ていたけれどもわからなかったこと。

体育館裏に呼び出して。付き合ってくれと行った時が、まともに顔を見たのだったのでしょうか。

「あなたはかわってないよね。あのころと一緒でかっこいいし」

高校生のころのひろみと現剤の女を比べるのは難しいのです。「ああ」とは思うのですが、化粧だけだって当時はしてないわけですからね。

「うんと。きみはいまなにしてるの?」

「ぐうぜんここに来てたのよ、普段はグラフィックデザイナーしてるんだけど」

ぼくの昔話にも。ああ、そうだたよねえと言ってくれて話は弾んだ。

「途中でわるいんだけど、お会計しておいてくんな」とバアサンが出てきました。

ぼくは、ひろみ、に勧められてウイスキーのストレートを4杯、ひろみも、なぜか4杯呑んでいまして。

「32000円!」

「え?」

「そういう勘定じゃけん」

「だってなにも食べてないでしょ?」

「まあまあ。アタシを呼ぶ費用もかかっているのよ」と、ひろみが手を握ってきまして。

そうなのかなと。いいのかなと。

「ま、この後は好きなだけ飲んでええから」とバアサンは消えたのです。

「ねえ、あなたがさっき言った。言えなかったことってなに?」

ぼくは、ひろみに。つきあってくれとはいったけれども。好きだ。とか。愛してます。とか言った事はないのです。何回か映画を観た後。
バレンタインの日に彼女がチョコレートを買ったよ、とクラスのb女子から聞いたのですが。
14日。夜になってモぼくにはチョコが届かず、翌日。野球部のエースがもらったという話をきいたのです。

「あの、別れの手紙がつらかったなあ、覚えている?」

「ごめん、きっと一生懸命書きすぎたから忘れているだとおもうの」

まあ、あんたにはもっといい人がいるだろう的な内容だったのですけれど。

「ひろみは、あのとき、本当にぼくを好きだったの?」

「あたりまじゃん!放って置かれたから別な人に行ったけど。ずっとずっと、あなただけが好きだったんだもん」

「う・・・」

「今って独身だよね?アタシじゃだめかな?いいよね?」

「え、んと」

「しよ!」

「え?何?」

「あのときにはできなかったこと。しよ!」

「・・・・」

「婆ちゃんもいないし、二階が空いてるから」

「けどなあ」

「好きなの!らこくん!」

あ。

飲んでいたグラスを。ひろみの顔にたたきつけた。

ひろみは。変形こそしなかったけれど。

ぎえぎえ!とゆって。

厨房に入って行き。レンジ上のダクトに。しゅるるんと吸い込まれて消えていったのです。

その光景をみながら。あぶなかったとおもいました。

「らこ」というのは本名でして。でも。

ほとんどの同級生が別なアダナで呼びます。逆に本名を知らない人が多いくらいです。

だから。彼女が。「らこ」と言った瞬間に。ぼくを知らない人だと思ったのです。

これは本当の話ですけれども。

翌日に同僚には言いません。

数年後。

同窓会にて。

離れた席に。

ひろみは。いました。

あの店のひろみとは。違うのかどうかわかりません。

一回だけ目があって。目礼。

もう。

ひろみ、は。いらないのですね。
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2012-02-10 (Fri)
ぼくは。いろいろ。東北を回ってきましたが。

パソコンの走りのころに。メーカーの代理店に居たので。設置ということも多く。

ほとんどは店頭のレジ要だったでしょうか。

一般的には、メーカーから届いたパソコンをその場で組んで、翌日に技術指導みたいな。

でもほとんどが、必要商品のデータをウチで打ち込んで登録してから、データフロッピーとハードを発送ということになっており。

岩手県のy市に行った時。一応送られて来たハードディスクにはデータが入ったままですが、一度消してチェックして。パソコンを組んでからリロードするという方式を取っていました。HDDもフロッピーディスクユニットも。AMAZONのダンボールより
でかいころです。

すばやく設置して、データをリロードして。宿に帰って寝るつもりだったのですが。

HDをイニシャライズしてから、リロードしようとすると。

フロッピーディスクがないのです。ぼくが忘れたわけではなく、コンビで年下の上司が忘れたのでした。でももうデータは消しちゃったわけでして。

データをその場で相手先に判らないように打ち直し。ということしかないのですが。

OSのフロッピーもないのです。

岩手県のメーカー営業所に電話して。持ってきてもらうこまでとになり。

当時は早かった、ぼくのタイピングで19時には全てを終えました。

ただ、ぼくらより年上であろう、OSを届けてくれたメーカー営業所長を、そのまま返すわけにはいきません。

ぼくらも泊まりでしたけれど。彼も電車でやってきて泊まることになったからですね。

「飲みにいけるところってどのあたりですか?」

ビジネスホテルのフロントに聞きました。

「タクシーで駅前まででればけっこうありますけど。歩いていけるのはホテルの裏を曲がった路地くらいですね」

と、かろうじて標準語でゆうのですが。

「え、そこっていっぱい店があるの?」

「いえ、30軒くらいでしょうかね。いろんな店があるとです」

ぼくたちは近場のその近辺で飲んでから寝る事にしたのです。メーカーの人を呼んで、結果的に泊まりにさせてしまったことも大きな理由なのですけれど。

ぼくらは。なんとなく。店の上に日本酒メーカーの名前が入った看板の。居酒屋があるものだと思っていました。

けれど、そのホテル裏の路地というか。車もすれ違えないような狭い道。平屋の建物が両側にならんで。

しかも、店の上にサインやネオンを出している店は一軒もありません。

店の入り口に蒲鉾板のような、看板を出しているだけです。

それは、セルロイドのような材質で作られていて、中に蛍光灯が灯っています。

だから、看板が何色かで、その店の色が夜の街に発せられるのです。

残雪が積もった路地は、遠くまで紫色でした。

両脇の店の露天看板がすべて紫色だったからです。

こまりましまた。

だって、居酒屋のようなものはなくて。

すべて店内が見えないのです。

しかも「バー」とか「居酒屋」とかの表示はなく、店名だけなのですから。

「これ、ちょっとどこ入ったらいいのか迷いますよね」とメーカーの伊東さんが言って。

たしかにそうだと。ぼくらも同意したのです。

統一されているような紫色の看板は、ぜんぶ人の名前でした。

「きよみ」

とか。

「きょうこ」とか。

微妙ですよね?

大概は、「きよみ」には。やや過去のある「キヨミ」という女がいるのでしょうし。

「きょうこ」には。
やっぱり過去があるキョウコというひとがいるのでしょう。
自分の名前を店につけるからには、それなりに苦労があったでしょうし。
「アタシ、静子!19歳!」とかいう女がいる訳はないのです。

「いまどき、「あけみ」はないよなあ、どんなオバサンやってのかね?」

伊東さんはいうのです。

どの店も入り口は静まりかえっており。紫の看板だけが灯っています。

「あ、「けいこ」はいいんじゃない?だって けいこ だし」と上司の上野。

「けいこはなにがいいんすか?」

「いや、ケイコってのは大概綺麗でいい女なんだよね」

「いや!よくないケイコのほうをおれはたくさん知っている」と伊東。

「んじゃ、ここはどうすか?なまえに偏見ないでしょう?」と僕が指差す。

「よしこ」

「てめー!そんなつまんねー女がいる店じゃダメだろ!」

以外に、伊東も真剣に選んでいるようでして。

路地の一番奥まで来てしまったのです。

「もう、いいよ。妙に名前にこだわってもしょうがねえし、ここにするか」

伊東が入ろうとした紫の看板には。

「しげよし」と書かれていた。

なんか方向がちがうんじゃねえか?とか。さまざまなことを思って立ちすくんだのだけれど。

「あんだよ!文句あんなら帰っていいだぞ?こら?」という伊東を見て。

反抗第一だった、ぼくは、だまって後ろへ向かって歩き出したのです。

伊東と若い上司はぼくに文句いいつつも店にはいっただろうなあ、というのが。ぼくに対する伊東の罵声が急に聞こえなくなったことで判断できたのですね。

時間も早いのでそのままホテルへ帰る気もせず。ぼくは、気になるお店へ思い切って入ってみようかと。

いくつもの女性の店が並び、ソレラは基本的に店主の女性の名前なのでしょう。

神戸で有名な「しのぶ」はありませんでしたし。京都じゃ「なぎさ」てのもないのです。

路地の入り口にあった。ポピュラーすぎる名前。

「ひろみ」

入り口の前に立つと。雪かきをしたあと。誰も出入りしていないようで。

ぼくは。

ひろみにあわなければいけないとおもい。

そして、看板にかいてあるからには。この中にはひろみがいるはずで。

常識的に考えて。

あの、ひろみ であるはずがなにのだけれど。

ドアを開けると。頭上でカラカラと安っぽい音がして。

6席のカウンターのみ。バックヤードはキープボトルもなくがら空きで埃。

吊り下げ型のチューリーップ形式の照明はけっこう暗いなと思っていると。

奥から小柄な女性が逆光でゆっくりと現れました。

ひろみ?!!!!


すまん、つづく。
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2012-02-09 (Thu)


二週間ぶりに水道が出ました。

風呂のシャワーとトイレは出ていたので。気温が上がれば解凍するのかと舞っていても。

いや、踊ってないけど。ま、一向に出ないと。今日の夜水道屋さんに見て貰って。

錆だった。凍結して解けるときに錆も一緒に水に混ざって。蛇口や、電気温水器のフィルターを目詰まりさせていたってこと。

電気も通電してたけど。数ヶ月住まないと。家は廃屋になりますね。

ま、例によって社会問題はかけないのだけれども。

今は妻宅でテレビを一切みないわけにはいかない。それなりにいいのだけれど。

見ていると思う。

去年の震災でわかっちゃったけど。報道機関として民放テレビっていらないんじゃねえか?と。

無論、雑誌とかと同じで。スポンサーがいて、そこから金貰うため、利益のためにやってんの、ということはわかるのだけれど。
新聞もそうだけど。自らは、報道内容は何からも影響されてないという態度だからわかりにくい。
かといってNHKだって何かから影響されているのは明らかだし。

本当の事実は自分で確かめにいかねばならない。
でも自分で裏の裏まで取材したとしたって。取材相手が嘘言ってればどうしようもなく。
大概、取材される人って嘘をいうもんで。
人は、自分がいる狭い範囲の体験内でしか事実を知る事はできないんだろうなあ。

終末はお近くのダイハツへ!とか。一日50回は見る車のCM。
よほど売れてないのだろうなあ。国内で売れないと困るのだろうなあという危機感。

エコ、燃費がいいから金皿の寿司もOK、みんなでドライブにでかけよう。

あまりにもショボイ、ライフスタイルの提案でしか車を売れない状況がやばいのかなあ。
だって。日本でも海外でも。貧困層はモトモト新車買えないし。そんなにそんなに車なんていらないのだ。いい車に乗る趣味というのも認めるけど。そういった人はCMの車なんて買わないだろうしなあ。

まだまだ乗れる中古車が。途上国の必要な地域に安く売られるというなら、短サイクル新車購入もいいかなと思うけれど。絶対に経費的に、国内で廃車されることが多いようだもんな。
車産業が駄目になれば日本の経済もダメになるんだバカ!という論理がほとんどだけど。

人は食べて寝るだけのもんだから。

そんなにそんなに移動したり、お話したりという。どこかに消えてしまうようなことばかりに。お金を払っていてはどうなのかと思うのだおね。

前にも書いたけれど。今は誰でも年間に12万円くらいは携帯電話代を払っているだろう。
ぼくらはそれがないころも。不便だったけれど。命の危険もなく。痛恨のすれ違いもなく。
暮らしていたはずなの。
言うまでもなく。携帯が老人だって必需品なのは。メーカーとか社会とかが、そういう仕組みを作ってきたからであって。

仕組みをやめてしまえば。また別な楽な方法ができるのだとも思え。

明日も。ダイハツの宣伝を数回見て。
歯医者に行くアタシ。
特ダネ映像に大げさにリアクションする芸人。
近づく、震災一周年慰霊祭の準備を進める関係者。
かなり寒そうな仮設住宅に住む人。
報道はされてないけど。地区の土台が損壊して、賃貸住宅に住む人。


もう。みんな別な場所に立ってる。



関係ないけど。思い出そうとしていることがあって。
それは、氷のように固まった雪道を静かに車で走っている時に。雪に反射したライトの光が。薄紫に見えたからなのです。

青森か。秋田か。

雪が降り終わった。でこぼこした白い路地に。行った気がするのです。

そこで、だれか大事な人と会って、話をしたような。

その人は、その場所で始めて会った人ではなくて。

当時、とてもなつかしい人だったのですね。

アタシの場合は。本当にかなり以前のことを忘れており。最近も前日のことを忘れていても気にしないようにしているのです。誰に言ってもしかたがありませんからね。

思い出したとしても。どうしようもない話ですけど。

まだ、庭に残るカキ氷のような残雪を見ると。思い出して書いておくべきであるとか。
考えちゃうのですね。はは。
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2012-02-05 (Sun)


みなさんは。

今日、何か。いいことがありましたか?

何もないのかもしれませんね。

僕も、ひとつだっていいことはありませんでした。

それは午後の薄い陽射しの中。

布団に包まったまま、感じていたのです。

音からすれば。水道の凍結も治っていなのだろうし。あいかわらず自分は薄毛で無力なわけです。

そんな思いのまま数時間現実を拒否しますが。人はいずれは起きなければならず。

なにも良くはなっていません。

僕は換気扇の下でタバコを吸って。くらくらとします。

くらくらは明日まで続くかといえば、そうではなく。

明日は明日の嫌な昼間がやってくるのです。

だから、もう。明日はいいことがありますように、とは願いません。

カーテンを開けてみると。闇の中に粉雪が舞っています。

明日は。

いいことがなくてもいいから。わるいこともないように。

北を向いて。

ハエのように手をすりすりして、祈ります。

祈っても。祈っても。足りないのだろうと思うのです。

人は。

祈るだけでは生きてゆけないからなのでしょう。

でも。

何に祈っているのかは。

秘密なんだよな。
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2012-02-03 (Fri)
daikanap

きたるっていう野球選手いたなとか思う間もなく。

雪はどんどん降って。

俺はずんずん寝ていた。

家回りの雪かきは。妻が成し遂げて。

どうしたか、あえて聞かなかった俺の実家は。

姉の息子がやってきてクリアしたと。

普段の行いかな。オレのことは誰もあてにしないで講堂していたのだろう。

なかなかお利口な選択だ。

大雪で、とことん雪かきしたあと。内側から出でる不快な熱量を。我慢しながら。

コーラとチョコレートパフェを食べるのは。

そうとう、よいとおもう。
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2012-02-02 (Thu)


あいかわらず水道の一部は凍っており。

でも車検が早く終わって、今回は86000円。ほぼ税金と自賠責。

「大丈夫なのですか?」

「いや、壊れてないものは治せませんから」

妻が福岡から帰ってきていたのだが。荷物が届いた。

おみやげとか、洋服とか。

「なんか焼酎かって行くけどなにがいい?」と言われた。

知らんのです。銘柄。

「こっちは麦焼酎が有名みたいよ」

ううん、二階堂とか、いいてぃことか。

味が貧乏くせえ!とか思ったり。(あれば呑むけど)

匂いはもっときつくて、癖はあるけど芋焼酎がいいのかなと。

始めはげっと思ったけど。慣れたらんまい。

黒霧島あたりが一般的かな。でも普通は呑まない。コスパが悪い。

毎日呑むと、量も金もタダではすまない。だからいつも。トリスウィスキー。
うん、刺身でも和食でもこれだ。

ただ、たまに。いただいた梅干とかで美味しく呑もうという場合は。芋焼酎を買ってはいた。日本酒は高級なのしか飲めないしね。


で、お土産の荷物の中に入っていた720mlの焼酎。

「魔王」

「え?ほんとか?」

だって、モリイゾーと並んで幻の焼酎とか言われて、ネットでも超高価格でしか買えないという知識があって。

うまく取引できている居酒屋だって一杯1000円くらいなのだ。しらないけど。

「芋焼酎で3000円以内のを」と妻が聞いたら。

おばさんが「滅多に入荷しないのですが」と持って来たらしい。


転売とも思ったけど。もう呑めないかもしれないので飲んだ。

お酒って1000円高ければ、そのぶんウメー!というほどの違いはなく。日本酒とかは利き酒するくらいだからなおさらだ。

薩摩焼酎白波、と黒霧島を呑み比べたって。わかんねの。だから期待してなかった。

香りがとてもいい。焼酎の匂いというより香り。

ロックでふたくちのむと。もう驚くの。

好きとしてるけど。芋の臭みがなくて。さわやかな香りが抜ける。

おかわり。

ほおっと。世の中には美味しいお酒があるもんだなあ。

こういうのをきちんと作っているメーカーもあって。

好んで飲んでいる人もずっといるのだろう。

実際はメーカーの卸売り価格は普通。720で1000円台だろう。

需要が多すぎて、それは5000円を超えたりするけれど。

地元で取れたアジを干物にしたものと。

近所の豆腐やさんから買って作った湯豆腐。

それに「魔王」があれば。


おいしくて。しやわせなときには。

そんなにお金はかからないことに気が付く。


三日目だけど。

あと一杯分だけ。

魔王をのこしている。

呑むと。

薄目の猫の様なかおで。

うう

とゆえるからだね。
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2012-02-01 (Wed)


妻の家にいるが水道が凍ったままだ。

北だし一軒屋は寒いな。

社会的な記事は書かないことにしよとしてたんだけど。

わかんね。

福島産の食物が基準内なら安全だからから、食べて協力なのか。

内部被曝して影響があるから、産地偽装も許さないとか。

今後も福島での農産、水産は禁止とか。

基準内ならいいもんとか。

ヒロシマから当地で飲食して暮らした人が健康だとか。

チェリのブイリで育った子供がどうとか。

科学つか医学という上でのデータでは少なすぎるから。もう地震予知同様に。推測ばっかりだ。
わかっているのは。
体におくないことと。

即効性がなく目に見えないから。警戒区域の老人たちは。補償云々はわからないけど。絶対に移住しないで家に戻るだろう。もういいのと思ってるし。
つか、もしオレがこの場所で、危険と言われても。いる。ほかに道はない。

なので、もうきまったのだ。東電がどれだけ補償すっかわかんねけど。

みんな、放射能を諦めて戻って生活する日がくる。

復興はどんどんしてんのかな。

でも宮城は、あちこちで聞いて。

建築、リフォームの費用は1.5倍だ。震災前の。
ぼったくり、とかではなく。大工、畳、などの職人がいなくて山形、秋田、青森から呼んでいるけど。
そもそも職人自体はそんな需要がなかったから。たいへんなようだ。


仮設住宅が寒くて酷いニュースも多いけど。場所による。
ニュースのは。工事現場の事務所のようで、鉄板に斜めのワイヤーがかかってる感じだけど。
東北大のグラウンドにできたものは。ユニットだろうけど見た目は集合アパートのようで。寒さは問題だいだろうな。

家と土地を持っていて年金で暮らしていた老人。

家が流されたら、仮設に住んでいずれは出なければならない。またローン組んで、新築できるのか?

でも、いろんな仮設に住む人や被災した人が黙ったまま、ことはすすんでるようだよな。

原発反対運動も。あきらかに昔でいう左翼が混ざっているかんじだけど。今回で目覚めた的な、山本太郎さんのようなひともいいんだけど。

順序が違うのではないか。原発廃止といって来月実施ってことはないんだから。意思表明くらい。
国や東電がやるわけないような。全国的な放射能汚染計測を世界的な科学機関に依頼して、その結果を世界に発表してもうらうために寄付を募るとか。

なんか現実的なことをやりながら運動すればいいのになとかね。

地方紙は。変な祭りとか。新しい図書館システムとか。どーでもいい記事が多くて。
それは、被災者の皆さんがすこしでも喜ぶように、とか。なってる。

うそゆーな!とおれはおもい。

確かに自粛しろ!てむーどは嫌いだし、ダメだと思ったけど。

お祭り。花火大会。「被災地の子供が喜べば」

調子にのりすぎだって。だれが言うべきだったな。

むろん、観光の金が目的だけど。ならそういえばいいじゃん。

「被災地の」とかいわなくても。この傾向は誰も文句つけられなくすすんで。


んで。

ジャンアンとパンダである。

ジャニーズとかいろいろ言われてるけど。

金がかかる。県外から客が来て儲かるといっても、1000円くらいの施設だしね。



「子供達の笑顔のために・・・」とか市長。


笑顔は。前からいるレッサーパンダではいけないのか?

お祭りもパンダも。

「ま、金儲かるからな、いいだろ」と言えばいいのに。

「被災地の子供の笑顔」ばっか。

子供が笑えばすむわけじゃないし。

そもそも。たいへんなときには。

しばらくは笑顔がないような生活だけど我慢してくれ

ということもあるべきだろ!

いろんな運動とかがあちこちで起こって。
除染だったり、座り込みだったり、デモだったり。

郡山市・・・なんか感覚的にだけど・・・に非難してる、双葉郡のバアサンは。

正座して、テレビ見て、お茶飲んで。

その間に補償や除染や放棄や裁判。

天気図のように頭上を通過して。何もわからずに。

朽ちるまで座っているのです。

そう。いっていたのです。

わかりづらいか。

復興=すべて肯定

仮設住宅=最高の住み心地必須

被災者子供=笑ってなければいけない

原発で郡山市に非難した家族=TVで放映された数件しかなかったことにする

なぜか福島県境には超高層の壁があるような気になって漏れてないと思っている関東人が多くて腹が立つ。

実被害は次世代以降に来ると考えて適切な処置を取る。


ま、やっぱり結論は同じ。

みんなしね

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